広島の企業誘致政策 最前線リポート

2023.12.13

「イノベーションとチャレンジの風土」を証明する2つの企業−生き残りを賭けた決断と広島・三原という舞台

「広島へ会社ごと移住したら最大1億円のサポート!」と打ち上げ、企業誘致に力を入れる広島県。コロナ禍を経て地方移住への関心が高まる中、企業の広島進出を集中的にプロモーションする期間として、10月に「Hi! Hiroshima Business Week 2023」を開催しました。

今回は、広島空港ほど近くに事業所を構え、伝統を守りつつチャレンジを重ねてきた広島の老舗企業2社のリーダーのトークセッションの模様をお届けします。お天気にも恵まれ、離着陸する飛行機を望む自然豊かで開放的な雰囲気のイベントとなりました。

芝生に座り、風に吹かれながら聞く官民リーダーたちのトーク

デジタル系企業やスタートアップの集積に力を入れてきた広島県では、これまで累計150社を超える企業のオフィス移転や拡充が実現。今回のイベントは、広島でのビジネス展開に興味・関心を持ってもらい、ビジネスパートナーとなりうる広島県のプレイヤーと直接会う機会を創出することを目的に開かれました。

多くの企業の挑戦を応援してきた広島県企業立地推進協議会主催のイベントの会場となったのは、広島の空の玄関口、広島空港近くの県営広島臨空産業団地(4.6ヘクタール)の一画にある野村乳業の芝生広場。とにかく空が広い!緑がみずみずしい!

(広島県庁県内投資促進課 撮影)

乳酸菌飲料「マイ・フローラ」で知られる野村乳業の野村和弘社長と、くりーむパンで全国区となった八天堂のグループ企業、八天堂ファームの林義之社長、そして地元・三原市の岡田吉弘市長の3人が「ターニングポイントの裏側と広島発ビジネスの強み」をテーマに熱い議論を繰り広げました。モデレーターはNewsPicks for Business 編集長の林亜季さん。

「こういう場所でトークができる。これだけで広島の強みでは」
東京から空路、広島に来たNewsPicks・林さんは冒頭、空港至近の立地と屋外にセッティングされた会場に感激。晴天に恵まれた秋の空の下、マットの上やチェアーなど想い想いの場所に陣取った参加者が聞き入りました。

「広島空港が三原市にあることは意外と知られていないですけど、三原の一つの強み。海側、瀬戸内海は世界的にも注目が集まっています」
まずは岡田市長が三原の魅力をPRしました。

実は岡田市長、38歳という若さだけでなく、キャリアも異色です。一般企業を経て地元三原にUターンし、教育関係の一般社団法人を立ち上げるという起業経験も経て市長に、という経歴の持ち主。総務省のIoT推進事業を受託し、三原市や企業とともにプログラミング教育の地域協議会を立ち上げた経験もあります。
「なのでアントレプレナーシップへの思いがあり、いろんなスタートアップとの連携に積極的に取り組んでいる。自称ですけど広島でトップランナーを走っている」
と照れながら自己紹介をし、トークの口火を切りました。

続いて、NewsPicks・林さんが、この産業団地を拠点として事業を展開している社長お二人をご紹介。いずれの会社も「スタートアップ」ではないけれど・・・?

野村乳業が創業126年、八天堂グループは90年と、いずれも歴史ある企業。しかし、両社とも実は、事業内容を大きく変更する重い決断を経てゼロからの再出発をし、飛躍的な成長を遂げてきたという共通点があるのです。
「こんなに歴史ある会社がここに集まるって相当珍しい」
NewsPicks・林さんは、そう感嘆しながら、それぞれの歴史とチャレンジについて尋ねていきました。

創業事業をやめる?!生き残りをかけた大きな賭け

「創業事業をやめるのは大変なことで、日々青い顔をする状況が続いていました」
まずは野村さんが、自社の大きなターニングポイントについて振り返りました。

1897年に広島県府中町に牧場を開設し、酪農業として出発した野村乳業。戦中戦後の苦難も乗り越え、殺菌技術の進歩に合わせて衛生管理を徹底する営業を続け、個人企業から法人化を経て、ヨーグルトなど商品も多様化させていったのですが…。

1996年、国が乳業再編事業を打ち出しました。当時、全国に約800あった乳業工場の再編を促す政策。大きな反発もあったそうですが、主力だったヨーグルトの生産中止という大きな決断を下しました。2011年2月、東日本大震災発生の前月のできごとです。そしてその時、現在この産業団地で主力として生産している乳酸菌に一本化したのです。
「残すか潰すか。そういう判断を外部の専門家にしていただき、再生の道に進んでいきました。やはり自力ではとてもできない。何かをやるときにはいい出会いがある」

乳酸菌事業に一本化した野村乳業。「腸内フローラ(腸内細菌叢)」にちなんだブランド名「マイ・フローラ」は、飲料やサプリメントを展開。生きて腸まで届く強い植物乳酸菌の力に定評があります。

野村乳業が、「マイ・フローラ」の生産拠点として、広島空港に近いこの地に新工場を建設することになったきっかけは、2003年、広島県が主催した食品機能開発研究会に参加したこと。広島大学も交えた、官民学一体の共同研究開発に関わったことがきっかけで、県からこの地を推薦されたそうです。新たな製造拠点として用地を探していた同社。7000平方メートルを超える広大さに加え、広島空港に近い利便性を手にすることによって、生産のみならず、企業活動を発信する場所にできれば、との思いがあったそうです。

100種じゃなくて1本勝負!空港近くだからこそできたチャレンジ

「野村乳業さんほどの大転換ではないかもしれないですが…」
八天堂ファームの林さんが続きました。1933年、八天堂は和菓子事業で創業。2代目で和洋菓子に転換、3代目の現社長がパンに路線変更と、代が変わるごとに時代に合わせ業態転換を繰り返してきた歴史があります。3代目は、パンの小売が立ち行かなくなって卸に転換。V字回復を果たすも、競合他社の追随を実感する中、八天堂にしかできないパンとは何かを徹底的に追求する中で開発したのが、冷やして食べるくりーむパンでした。それまで100種類あったパンを絞って、くりーむパン1本で勝負する大きな賭けに。

東京でまずは火をつけ、そこからシャワー方式で全国展開していく戦略を立てました。そこで利点となったのが、空港に近い立地。当時は空輸しており、飛行機ならば東京までわずか1時間半。2013年に臨空産業団地に工場設立で進出した第1号が八天堂で、林さんは立ち上げの責任者だったそうです。

そんな林さんは、八天堂の取締役を兼務し、グループ企業の八天堂ファームの経営の舵取りを担う人。昨年5月に設立した同社は、ぶどう園を運営しながら生活困窮者の自立支援を担っていく「農福連携」に取り組んでいます。

「素晴らしい企業が三原市内に立地いただいていることは感謝の思いでいっぱい」
岡田市長は誇らしげに言います。民間と行政の役割分担は、自身の経験からも感じてきたこと。人口減少が続く地方都市にあって、地域の課題をどう解決していくかを考えた時、スタートアップ企業に突破口を見出したそうです。

行政だけでは解決不能。スタートアップと組んでこそ

実際に三原市は市政が抱える課題を洗い出し、それらに対する解決策をスタートアップに募る取り組みを実践してきました。積極的に実証実験をし、持続可能なまちづくりにつなげる。地元の基幹産業の一つである農業は担い手不足などの課題が山積する中、スマート農業の技術導入に挑戦。センサーで水田の水管理をできる仕組みや草刈りロボットなど、今までのやり方にとらわれない新しいものをいかに導入するかが、持続可能な農業のためのポイントだと力を込めます。

市独自でやるのが困難なことも、スタートアップ企業の人材を呼び込んだりすることで良いアイデアが生まれ、シナジー効果も出てくる。そのため、市では起業家を育成する取組に力を入れています。起業家出身市長の強い信念です。

「国内だけでなくて海外にも広げる上で広島空港に非常に近い利便性は有利」
と野村さんは言います。林さんはこの立地の良さがまだ十分に地元に知られていない、という問題意識を示した上で、
「人と人、人と自然の接点など、日常にない空間作りが空港前でできるのはなかなか全国でもない。アクセスも気候もいい三原には、新しいビジネスが生まれやすい土壌がある」
人は日常生活のデジタル化が進むほど、逆に非日常としてアナログを求めていく。だからもっとポテンシャルが上がる――。そう期待しているそうです。

最後は、岡田市長が参加者にこう呼びかけました。「広島県は湯崎知事を筆頭にイノベーションにチャレンジする風土があります。その動きで前を走って盛り上げ、新しいチャレンジを後押しする三原市でありたい。チャレンジ精神のある方に広島を訪れていただきたい」

自然の豊かな彩りの中で、官民のリーダーがそれぞれのチャレンジについて語る。その空気感に無限の可能性を感じました。内と外とをつなぎ、さまざまなものが行き交う「空港」という象徴的な場所が近いことが、それをさらに強く感じさせてくれているのかもしれません。

(文・写真 宮崎園子)

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