大企業向けにクラウドサービスを展開し、2023年に東証グロース上場を果たした株式会社ドリーム・アーツ。プログラミングの知識が無い人でも簡単に業務アプリを開発できるクラウドサービス「SmartDB(スマートデービー)」などを通して、IT知識のない現場職員が主体となって業務のデジタル化を進める「デジタルの民主化」を掲げています。16年に山本社長の出身地の広島に本社を設け、地元学生らの採用を積極化。山本社長に地方人材の採用や育成にかける思いなどを聞きました。
〈プロフィール〉
株式会社ドリーム・アーツ 代表取締役社長 山本孝昭さん
1965年生まれ、広島市出身。
事業発展こそ 地域課題解決のワイルドカード
―事業を通じて地方創生にどのように貢献したいですか?
―山本さん 事業家として働くことと社会に貢献することは一体だと考えています。社会課題を具体的に解決していくのは行政やNPOの役目で、事業家である私ができることは事業を成長させることだけ。健全に事業を行い、利益を出して人を雇い、税金を納め、それが行政を通じて地域に還元される。事業発展こそが〝ワイルドカード(万能札)〟だと思っています。
―事業内容と会社の強みは?
―山本さん 業務アプリ開発ツール「SmartDB」を主力に、従業員1000人~数万人の大企業向けにクラウドサービスを提供しています。大企業の業務に合わせた多様なテンプレートがあり、稟議・決裁の承認ルートや情報の閲覧・編集権限を詳細に設定できるのが特徴。プログラミング不要でドラッグアンドドロップなどのマウス操作で簡単に業務アプリを作れるので、現場の社員がIT部門に頼らずに自らの手でデジタル化を進めることができます。2005年のリリース以来、導入社数は右肩上がりで、三菱UFJ銀行、KDDI、リクルートなどの有名企業が採用。利用者(アカウント)数は累計50万人に上ります。
広島や沖縄にオフィス 地方で働きたい人取り込む
―広島本社を開いた理由は?
―山本さん 事業拡大を見据え、優秀な人材を確保するためです。中核都市で一定数の人口がおり、工業系をはじめ大学も多い。例えば現在は東京、大阪、名古屋といった都市圏で働いているが、親の介護などの理由からUターン就職を希望する人たちの受け皿にもなれると考えました。
もう一つはBCP(事業継続計画)の観点。顧客は世界の産業や商業を支える大企業で、有事の際にもサービスを止めるわけにはいかない。東京から離れた場所に本社機能を置くことでリスクを分散できます。
備後絣(びんごがすり)など広島県の特産品をふんだんに採り入れたオフィスには、バーベキューができるバルコニーなどを設けています。世界や日本の第一線で活躍する方に広島の面白さや魅力を伝えたいという思いから、過去には登山家の三浦雄一郎さん、文部科学大臣補佐官などを歴任した鈴木寛さんらを招いてイベントも行いました。東京大・米ハーバード大の研究チームや地方創生担当大臣などの視察も受け入れています。
―事業の発展に向けた具体策は?
―山本さん 24年2月に導入支援などを担ってくれる同業を募るためのパートナー制度を始めました。基幹システムとの連携など専門知識を要する開発案件がある導入先に対し、要件定義から効果測定まで伴走支援してもらいます。これまでの直販体制ではカバーしきれなかった需要に応えるとともに、新たに従業員500人規模の会社にも対象を広げます。販売代理店も募るほか、SmartDBを基盤に業種特化の業務システムを開発・販売する事業者も広げたいですね。こうした社外との協業を成功させるには、調整力や実行力のあるリーダー格が不可欠で、広島や沖縄でもこうした人材の採用・育成を強化しようと考えています。
東京と同じ給与・やりがい 「良い職場」つくり地元就職後押し
―「広島で東京の仕事」を掲げています。
―山本さん 広島県は転出超過が全国ワーストとなり、若者の流出が問題になっていますが、働きたいと思える「良い職場」があれば解決できると思っています。良い職場とは、報酬(金銭)とやりがいの両方が得られる職場のこと。何にやりがいを感じるかは人それぞれですが、地方にいても東京と同じように自身の成長につながるスケール感のある仕事ができ、それに見合う給与が得られることが重要です。特にクラウドサービスなどのIT分野ではインターネット環境さえあれば働く場所はあまり関係ありません。広島でも沖縄でも、東京と同じ仕事をしてもらえば、同じ水準の給与を支払うことができます。実際に当社は全拠点で同一賃金としています。「地方で働く方がより魅力的」という状況をつくりたい。
―24年4月、初任給を大幅に引き上げました。
―山本さん 全ての職種で新卒初任給を44%引き上げ、年収504万円としました。30歳未満の若手社員の給与もこの5年で27.9%上げています。当社の業務は頭数がいれば良いといった種類のものではなく、採用面で競争力のある給与を設定することで能力や成長意欲の高い人材を獲得したいという思いがあります。受け入れ体制を整えるため、評価制度も3年かけて見直しました。
―求める人材像は?
―山本さん 最大10万人が使うソフトウエアを一人で作ることはできません。社員それぞれが専門性を生かして自律的に動きつつ、社内の他部門や顧客と連携し、時には信頼関係を基盤にした建設的で発展的なアイデアの対立や衝突を経て初めて、顧客に必要とされる良いサービスが提供できると思います。ですから、知識や技能といった基本的な実務能力に加え、「協創」や「建設的対立」といった当社のカルチャー(企業文化)に合う人かを重要視しています。
―ユニークな「抽象化力研修」の狙いは?
―山本さん 学生時代には明確な答えが定められ、それを導くだけで良いのですが、実務の現場では顧客と接する中で得た情報や複雑な状況を読み解き、因果関係や問題の本質を理解する必要があります。そこで、目に見える現象の特徴をまとめて理論・法則化する「抽象化」と、それを基に物事の仕組みや仕掛けを考える「具体化」の能力を身に付けてもらう狙いです。この考え方を提唱するビジネスコンサルタントの細谷功先生に毎年レベル別研修をしてもらうほか、全社員に著書を配っています。
AIは用意された条件に基づいて情報を整理することに長けていますが、その基となる物事の本質を理解する「知性」は人だけのものであり、それを身に付けてほしい。抽象化と具体化を繰り返す中で身に付けた思考力は、ビジネスに役立つのはもちろん、縁あって入社した社員たちがより充実した人生を歩むための一助にもなると信じています。
―採用の難しさから企業の地方進出が進まないとの声もあります。
―山本さん 広島県の尽力もあり、首都圏からの進出企業が増えていますが、スタートアップ都市を掲げてIT企業の誘致に成功している福岡などと比べると、まだまだ数が足りない。幼稚園から大学まで国公立、私立がそろう教育水準の高さなど、暮らす場所としての魅力は十分。あとは、チャレンジ意欲をかき立てるような魅力的な職場が集積してくれば、意欲や能力の高い人を引きつけることができると思います。
そのためにも、当社が広島で優秀な人材の獲得に成功し、事業を成功させているという先行事例を作りたい。学生やその親からの知名度の低さが課題で、サンフレッチェ広島とクラブパートナー契約を結んで新サッカースタジアムにリボンサイネージ広告を掲出したり、母校の修道大学の入学式で祝辞を読み上げたり、当社を知ってもらうための取組を積み重ねているところです。時価総額を上げ、有望銘柄になることも重要でしょう。
フランス発のエンジニア養成機関「42 Tokyo」と連携したプログラミングコンテストを、昨年に引き続き広島大学と県内の大学生・大学院生に向けて開催予定。2〜3人のチームで実際の業務を想定したアプリ高速化に挑戦してもらいます。当社も若手社員を担当者に据え、何カ月もかけて準備します。同大などから長期インターンも受け入れています。
当社も若手社員を担当者に据え、何カ月もかけて準備します。同大などから長期インターンも受け入れています。
IT企業の多くは即戦力となる中途採用を主体としていますが、新卒を引き受けて社会の中で働き手を育てることは企業の責務だと考えています。時間と労力はかかりますが、今後も力を入れていきたい。
〈プロフィール〉
株式会社ドリーム・アーツ 代表取締役社長 山本孝昭さん 1965年生まれ、広島市出身。広島修道大学を卒業後、ソフトウエア販売のアシスト(東京)、インテル・ジャパン・コーポレーション(現インテル、東京)を経て96年12月、東京に株式会社ドリーム・アーツを設立。2016年に広島本社を開き、第二本社とした。沖縄や中国・大連にも拠点。
ライターはこう思った!
「事業成長こそ唯一にして最大の地域貢献」と力強く語る山本さん。起業家としての自信と信念が感じられました。その言葉通り順調に取引社数や売り上げを増やし、23年には上場も果たしました。地元人材の採用にも積極的で、近年は広島大学など地元教育機関との連携を強めています。同社を筆頭に、ここで働きたいと思える会社が広島に集積することで、優秀な学生が地元にとどまり活躍してくれるようになるのが楽しみです。
*広島本社開設の概要や開設の狙いについて、関連記事はこちら。
https://kurukuru.hiroshima.jp/archive/3509/