広島県などが主催するビジネスイベント「Hi! HIROSHIMA Business Days 2024」が10月10日〜12日の日程で開催されました。今年で4回目を数える同イベントは、オタフクソースが運営するお好み焼き体験施設「OKOSTA」での研修会や、広島電鉄の路面電車を貸し切っての交流会など、ユニークなコンテンツが盛りだくさんで、年々バージョンアップしています。
本稿では、最終日のメイン企画で、広島進出企業や県知事などが議論を交わしたスペシャルセッションの熱気をレポートします。
広島県の成功事例を学びに、多くの参加者が集う
秋晴れとなった10月12日。広島大学 東広島キャンパス内のマーメイドカフェにおいて、Hi! HIROSHIMA Business Daysのスペシャルセッション「地方移転すれば人材は獲得できるのか? 人材戦略の現在地」が開催されました。
近年、広島県は企業誘致に力を注いでおり、2020年には「最大2億円」の助成金キャンペーンを打ち出して全国から注目を集めました。同年度での問い合わせ数は700件に上り、実際に移転した企業は累計180社を超えています。
その具体的な成果や進出企業のナマの声を聞こうと、朝から多くの参加者が会場に詰めかけました。

過去3年で「地方へ転職」4.6倍増!広島ではCIOの求人も
本セッションの第1部は「経営者必見! 採用できる・成長できる組織づくりの共通項」と題したパネルディスカッションが行われました。広島県の湯﨑英彦知事のほか、SmartHR株式会社 執行役員 兼 人事統括本部長の宮下竜蔵氏、株式会社ビズリーチ ビズリーチ事業部 ビジネス開発統括部 西日本エリア推進部部長の山際翔太朗氏が登壇。ファシリテーターはPwCコンサルティング合同会社の林真依氏が務めました。
SmartHRとビズリーチの2社はオフィスを広島市内におき拡大中です。人事労務管理やハイクラス転職を専門とする企業の立場から地方のポテンシャルが話題となりました。はじめに2社から採用市場の動向や、働き方のトレンドなどについて紹介がありました。 ビズリーチの山際氏は昨今の雇用環境の変化に触れ、日本の労働力人口は減少の一途を辿っていると解説しました。2040年には5846万人と、2020年と比べて約850万人減となる見通し(出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構)である一方で、働き手は今後も必要であり、とりわけ即戦力となる人材の採用はますます難しくなると指摘します。

特に引き合いが強いのがDX(デジタルトランスフォーメーション)関連人材。同社の調べによると、DX関連の求人数は2020年と比較して2023年には約6.7倍に伸長しています。
また、地方での即戦力のニーズも高まっています。決定年収1000万円以上の転職に関して、2020年と比べ、2023年は3.2倍、地方に限ると4.6倍へと増加しています。広島県でいうと、素材メーカーのCIO(最高情報責任者)が都内から転職した例も出てきました。また、リモートワークが広がったことで、勤務地を問わない新規求人数が増加し、首都圏の人材が地方企業で活躍する事例も増加しています。

このように人材の流動性が高まる背景には、コロナ禍によるビジネスパーソンのキャリア感の変化が関係している、と山際氏。世界的な社会情勢の変化を受け、場所や時間を選ばない働き方や、企業に依存しないキャリア形成を意識し、自身の強みを可視化してスキルアップを目指そうとする動きが出てきました。


地方と都会、従業員のエンゲージメントに関する違いは?
続いてSmartHRの宮下氏にバトンタッチ。同社における人材育成の根本となる考え方をベースに、働き方とエンゲージメントの関係性を説明しました。

宮下氏によると、従業員のエンゲージメントは企業成長に欠かせない指標であり、これが高まっていけば離職率の低下や業績向上に大きく寄与するとします。
エンゲージメント、あるいは働きがいとは何でしょうか。宮下氏は「働きやすさ(目に見える)+やりがい(目に見えない)」だと定義。しかしながら、これらが整うだけで働きがいが向上するわけではありません。そこにやりがいが合わさることが重要だといいます。

では、働きやすさとやりがいを高めるにはどうすればいいのでしょうか。
「働きやすさについては、従業員の現状理解が不可欠です。そのためのサーベイを行った上で、人間らしい働き方や、ストレスの少ない職場環境を提供できているかどうかなどをチェックします。やりがいは、ビジョンと目標の共有、トップとの面談機会などコミュニケーションの強化が必要です。加えて、正当な評価、成長やキャリアの支援などによって高めていきます」
なお、エンゲージメントは、働く場所も無関係ではありません。広島のような地方の場合はどうでしょうか。
「地方の自然環境や強いコミュニティーなどが、従業員のストレス軽減やワークライフバランスの向上に寄与し、エンゲージメントを高めると考えられます。さらに、地域のつながりを重視する企業であれば、そこに一体感を得て働きがいを持つ人もいるでしょう」
一方、東京のような都会はキャリアの機会が豊富であり、挑戦的な仕事や成長のチャンスが生まれやすいといえます。
アルムナイ採用も!?スタートアップ並みの広島県庁
ここまでの意見を受けて、林氏が広島県庁の取り組みを湯﨑知事に尋ねます。以前から広島県庁では採用改革を進めており、一例を挙げると、転職して出て行った職員が再び県職員になる場合は公務員試験を免除するといったアルムナイ採用を行っています。同時に、社会人採用にも力を入れています。
「背景の一つに、(30〜40代が少ないという)年齢ピラミッドの歪みがあります。加えてジョブ型の組織にも変えていきたいと思い、専門性や経験を重視しています。今、部長クラス以上はジョブディスクリプション(担当する職務内容を記載した文書)に基づいて役割を与えようとしています」と湯﨑知事は意気込みます。

価値観を共有できる会社は強い
本セッションの最後に、地方で人材獲得する上でのポイントについて、2社からコメントがありました。
宮下氏は企業のミッション、ビジョン、バリューの重要性を訴えます。従業員全員が会社の存在意義や価値を語れるような会社であれば、それに惹かれて働きたいと思う人が増える可能性が高いといいます。
もう一つは、人のつながりを大切にする会社かどうか。
「広島に関していえば、既にキャリアのエコシステムのようなものがあると思います。行政や企業など横のつながりの強さを打ち出せれば、都会にも十分対抗できるはず」 山際氏は採用活動におけるターゲティングとメッセージング、プロセシングを強調。「同じような価値観を持った人と一緒に働きたいのであれば、きちんとターゲットを見極め、しかるべきメッセージを伝えることが大切」だと述べました。

課題は子育て環境、会社として働き盛りのプライベートを重視
続いての第2部では、実際に広島へ移転した企業のリアルな声を聞くべく、「180社超に選ばれた広島県 ドリーム・アーツと語るビジネス地政学」と題したセッションが行われました。登壇者はエンタープライズ向けのSaaSプロダクトを提供する株式会社ドリーム・アーツ 代表取締役社長 山本孝昭氏と湯﨑知事、そしてファシリテーターは林氏が担当しました。
ドリーム・アーツは9年前に広島本社を開設。現在は40人ほどの社員が広島市中心部にある「おりづるタワー」内のオフィスで働いています。後述するように、広島進出に際しては県庁の手厚いサポートに助けられたと振り返る山本氏ですが、そもそもなぜ広島だったのでしょうか。
一つには、山本氏が広島出身であること。もう一つは、広島の生活環境の良さがありました。その代表例は教育です。 「働き盛りの人たちにとって一番課題になるのは子育て。広島は有数の教育県で、子どもの教育に力を入れています。あとは自然が豊かで、かつ住みやすい。仕事をしながらプライベートも充実できます。広島は抜群の場所ですよ」と山本氏は本心を語ります。

「いつか広島に戻りたい」優秀なエンジニアこそターゲット
そんな広島に進出したドリーム・アーツ。林氏に「現地の人材は採用しやすくなったのか?」と問われると、山本氏は少し顔をしかめます。
「実際はなかなかスムーズにはいきません。我々が求めているのはソフトウェアエンジニア、特にクラウドサービスが開発できる高度人材であるため、母数がそんなにあるわけではないのです」
ただし、地元のエンジニアに固執するのではなく、東京や大阪などの都会で働いていて、いずれは広島に戻りたいと考えるUターン人材も狙っているといいます。加えて、最近はIターンした社員も出てきたため、今後はますますこうした人材獲得が加速するだろうと、山本氏は見ています。
広島はエンジニアを大量輩出 ただし成長志向が高め
話を聞いていた湯﨑知事がここでカットインしてきました。 「広島にエンジニアは少ないという話がありましたが、実はソフトウェア関連学科の大学は結構あるんですよ。ただし、卒業したらほとんど東京で就職してしまう。特に優秀な人はね……」

湯﨑知事は続けます。
「なぜ若い人が広島から出ていくのかといえば、成長志向がすごく高いのですね。多くの学生が有名な大企業へ就職していくわけです。でも、逆を言えば、そういう企業しか知らないだけ。だから、彼ら、彼女らに刺さるアピールができれば、きっと広島のほうが採用はやりやすいと思います。東京だと競争相手はたくさんいますが、広島だとすぐに目立つことができますから」
これについては山本氏も賛同し、次のように述べます。
「今年の新卒から初任給を504万円にしました。相対的に見て広島ではかなりいい給料だと思います。このように当社では優秀な地元人材を受け入れる体制ができつつありますよ」
ドリーム・アーツは、3年ほどかけて広島本社におけるエンジニア採用の比重を高めてきました。その成果が目に見えるものになったと山本氏は胸を張ります。 「広島本社を作った当初は、もっとスムーズにエンジニアを採用できると思っていたけど、そう簡単ではなかった。途中でコロナ禍もありましたし。でも、体制が整ってからは人材が集まるようになりました。明らかにいい方向に進んでいます」
進出企業が語る広島県の誘致スタイル
ここで林氏が議論を本題に戻し、改めて広島県が180社以上の企業誘致を成功させた理由や、イノベーションの創出を掲げる意味について湯﨑知事に投げかけました。
「元々、製造業のレベルはすごく高かった。ところが、製鉄、造船、自動車などは時代とともにグローバル競争が激しくなってきました。そこでイノベーションをどんどん起こして、それを強みにする県になろうと決めたのです。モノづくりも、デジタルのイノベーションもある。まさに今取り組んでいるところです」
従来、デジタル産業については弱かったため、支援制度を手厚くして企業や人材の誘致に本腰を入れました(関連リンク)。結果、これまでにデジタル関連企業等の誘致は180社超にのぼります。
実はドリーム・アーツは誘致第1号企業。山本氏は広島県の尽力に感謝の意を述べます。
「あらゆるところで県の皆さんが動いてくれた。このように行政が企業誘致に積極的に取り組んでいるのは、知事の意向が組織の末端まで浸透している証拠ですよ。広島本社を作る時は、東京と広島をオンラインでつないでかなりディスカッションや準備をしましたが、移転後もずっと途絶えることなくコミュニケーションをとっています。もはや一体化していると言ってもいい」
成長志向高めの人材に響く魅力的な仕事を
ここで会場から質問の手が挙がりました。首都圏一極集中に関して、地方に拠点を置く企業としては不安な面もあると。これに対して湯﨑知事は次のように回答します。

「先ほど述べたように、広島には非常に成長志向の高い人たちがたくさんいて、そういう人たちが東京へ出て行っています。でも、我々の調査や分析によると、実は広島にいい会社があれば、そのまま地元で働きたいという若者が何百人単位で存在するのです。ですから、現に魅力的な仕事が広島にあっても若者に知られていないことが課題だといえます」
裏を返せばチャンスに溢れていて、広島の企業はきちんと情報を届ければいいのです。そもそも生活環境に関しては、東京をはじめとする都会よりも格段にアドバンテージがあります。
山本氏も「とても働く場所として魅力的。実態は広島が知られていないだけ。この認知が広まった時は、こぞって人材が集まるようになる」と自信満々に語りました。
セッション終了後には、登壇者と参加者、あるいは参加者同士が活発に意見交換するなど、イベントは盛況のうちに終わりました。

今後の課題として、「企業の情報発信力」が一つのキーワードとして浮かび上がりました。ここについては広島県も力を入れており、都内でビジネスパーソンを集めたイベントなども実施しています。今回のスペシャルセッションもそのきっかけになればと関係者は意気込みます。
実際、参加者の満足度は高く、県外からもっと多くの企業を連れてきたい、悩みや夢を語りたいといった声を聞くことができました。今後は、行政と広島に拠点を構える会社が一丸となり、この地のポテンシャルについてしっかりアピールをしていくことが期待されます。そのような良好な関係性が築ける土壌が広島にはあるはずだと、改めて実感しました。