創業112年、高い品質と美しいデザインが多くの作家に愛され、世界中のファンを魅了し続けているセーラー万年筆。
2021年4月には本店を東京から創業の地である広島県呉市に里帰り移転させ、さらに2022年10月には新広島工場が竣工しました。瀬戸内海を望む新しい工場は、なんと万年筆のペン先の形!
地元への想いは?今後の展開は? 代表取締役社長の町克哉さんに話を聞きました。
<プロフィール>
セーラー万年筆株式会社 代表取締役社長 町克哉さん
1958年生まれ。埼玉県出身。明治学院大学文学部卒。1982年セーラー万年筆株式会社入社。中四国支店支店長、本社管理部経理課長、取締役ロボット機器事業部事業部長、専務取締役ロボット機器事業部事業部長などを経て、2022年3月代表取締役社長に就任。関東在住。
新工場はペン先の形! 呉の新たなランドマーク
―新広島工場建設の経緯を教えてください。
―町さん 2018年の西日本豪雨が大きなきっかけでした。呉市天応地区は広範囲にわたって浸水し、旧広島工場も建物と設備に大きなダメージを受けたため、同じ場所に新しい工場を建て替えることにしたんです。
―全く違う場所に新工場を建てるという考えはなかったのですか?
―町さん 「創業の地を大切にしたい、ここで新たなスタートを」という想いが一番です。豪雨でダメージを受けた一方で、うちの工場が救援に来た自衛隊の駐車場に使われるなど、地域に役立つことができました。新工場を建てるにあたり、いざというとき地域の皆さんと2階に避難できる設計にしました。
―もっと地域に役立つ場所にしたいと?
―町さん これまでは古くて狭い建屋だったため、多くの方に来ていただくわけにはいきませんでした。新工場には地域の方をはじめ多くの方をお迎えできます。ぜひセーラーのものづくりを知ってほしいという思いもあります。
新工場の周りには、まだ古い棟も建っているので、それも含めて全体を見直していきます。特に、築84年と言われるノコギリ屋根の建物には歴史的な価値があるので、私の想いとしては飲食の提供ができる施設にリノベーションしたい。皆さんが自由に行き来できる、呉の観光スポットの一つにしたい、というようなイメージを描いています。
―製造拠点のイメージを超えていて驚きです!
―町さん これは私の夢ですが、工場の中に学校を作れたらいいなと考えています。2年間ほど給料をもらいながら、集中してしっかり技術を学べる場です。
新工場を一種のオウンドメディアとして活用することで人を集めたいんです。
そのうえで、地元企業で働きませんか? 海の近くで働きませんか? ということも発信し、広島、呉のまちが発展してくように、と考えています。
―印象的な外観も、親しみやすさにつながっていますね。
―町さん 全体は船をイメージして設計しています。船首にあたる部分は、万年筆のペン先の形になっていて、Googleマップの航空写真モードで見ていただければすぐにわかります。
外壁には「SAILOR BLUEE-黎明ブルー」というオリジナルカラーを使いました。創業者の阪田久五郎が見たであろう「夜明け前の瀬戸内海の色」をイメージして作りました。これから羽ばたいていきたい、という願いを込めています。
さらなる高みを目指し、コーポレートアイデンティティーも一新
―建て替え前には本店も里帰りしましたね。
―町さん 創業の地で110年以上の歴史を振り返り、ものづくりの原点を見つめ直したいという思いがありました。
コーポレートアイデンティティーも「真・技・美」と新しくしました。「日本の美意識」の追求です。それをいかにラグジュアリーブランドとして世界に通じるものにしていくか。みんなで再確認するためのコーポレートアイデンティティーです。
―すでにセーラーは世界中で通用しているブランドですよね?
―町さん まだまだです。ただ,110年以上作り続けている中でファンの方が増えているのはありがたいことです。だからこそ世界に通用する品質をさらに高めていかなければならないと思っています。
そういえばある取引先の社長さんがイタリアの万年筆専門店を訪れたとき、おすすめを店主に尋ねると「セーラー」という答えが返ってきたそうです。テレビ番組の撮影だったそうです。これには驚きました。うれしかったですね。
2023年5月にはG7広島サミットが開催されます。広島といえば熊野筆が有名ですが、万年筆も広島が誇る逸品であることを世界中の皆さんに知っていただければうれしく思います。カキ殻を使った螺鈿細工の万年筆もアリかも!?
―伝統を守りながら、チャレンジは続くのですね
―町さん アクリル製のマーブル調の軸もチャレンジした結果の一つです。一見するとプラスチックの成形品に見えるんですが、素材を削り出して筒にして透明度を出すという非常に難しいことをやっています。世の中に一つとして同じものはないという商品です。
工場見学に来られた方の多くがその手間ひまかけた製法に驚いて、「万年筆がそれなりのお値段(高額)である理由がよくわかりました」とおっしゃいます。
結局、「真・技・美」というところに戻るわけですが。
おだやかな気候と環境が育むものづくりカルチャー
―広島にあらためて期待することは何ですか?
―町さん 広島というのは非常に大きなブランド力を持っていると思います。外国に行けば、たいがいの方がHiroshimaを知っています。もっと広島の魅力が世界中に知られて、多くの人が集まるところになればいいですね。
―町さんが特に知ってほしい魅力は?
―町さん なんといっても瀬戸内海ですね。何度見てもいいですよ。ずっと広島にいると慣れてしまうんですが、東京から戻って来るといつも「いいなあ」と思います。
外国の方は湖だと思うらしいのです。あちこちに島があって、波が穏やかだというので。まだまだ海外には広島の名前を知っていても、訪れたことがない方がたくさんいます。だから瀬戸内海を見たことがない人もいっぱいいるわけです。
ーそれでは最後に、地方進出を考えられている企業にメッセージをお願いします。
―町さん 都会の人は息抜きをする際にコーヒー店などに出かけるかもしれませんが、広島でリフレッシュするなら海がおすすめです。山や川もあり、スキー場など遊ぶところも豊富です。気持ちにゆとりも生まれると思います。
―新しい出会いの中からコラボレーションもあり得ますか?
―町さん もちろんです。よい気候と環境の中でサスティナブルなものづくりを一緒にやっていけると、当然コラボも生まれてくると思います。これまで、ふりかけで有名な三島食品さんとコラボレーションしてオリジナルインクを商品化したり、大和ミュージアムのクラウドファンディングに返礼品を提供したりしました。規模の大小にかかわらず、キラリと光るものを持ったパートナーと出会えるのを楽しみにしています。
ライターはこう思った!
町さんにお話を伺うことで「住んでよし、働いてよし、遊んでよし」と広島には三拍子そろっていることが再認識できました。埼玉出身の町さんだからこそ、広島の人間以上に広島の魅力に気づける部分も大きいでしょう。創業地・呉で新たなスタートを切ったセーラー万年筆。船をイメージした設計デザインの新工場は、未来への航海を始めたばかりです。これからどんな挑戦の物語が展開するのか、セーラー万年筆の一ファンとしても楽しみです。