ソフトバンク株式会社が2021年12月、JR福山駅近くに開いた「せとうち Tech LAB」は、テクノロジーの社会実装による地方創生を目的とした、地域発のデジタル化推進拠点です。拠点長を務める桑原正光さんに、福山市に拠点を設けた狙いや今後の展望、そして広島のデジタル化に向けた課題を聞きました。
<プロフィール>
ソフトバンク株式会社 データ基盤戦略本部 副本部長
福山イノベーションセンター長(兼務)
桑原正光さん
1967年生まれ。
さまざまな地域課題が集まるエリア
―施設の概要を教えてください。
―桑原さん 幅広い層の方にお越しいただけるよう、テクノロジーを紹介するショールームに加え、セミナールームも備えています。モノを売る営業拠点ではなく、エンジニアが地域の方々と交流し、デジタルに関する悩みを聞く場所という位置付けです。似た機能を持つ施設として、東京の竹芝本社にある企業の経営者向けの「Executive Briefing Center(エグゼクティブ ブリーフィング センター)」や、大阪の「5G X LAB OSAKA」があるのですが、地方都市に設けたのはこの福山だけ。24年5月末時点で延べ391社2811人が来訪し、イベントなども132回の開催実績があります。
―広島を選んだ理由は?
―桑原さん 広島県、そして福山市は温暖な気候の瀬戸内海に面していて、大規模な工場やオンリーワン・ナンバーワン企業を多く抱える一方、若者の大都市への流出や、山間部では過疎などの問題が起こっています。また福山駅前ではにぎわいが失われつつあるとされ、幅広い地域課題が集まった都市だと感じました。
弊社は18年1月に広島県と連携協定を結び、その一環で、AIやIoT、ビッグデータなどの技術を活用して、広島県内の企業などが新たな付加価値の創出や生産効率化に取り組むための実証実験を行う「ひろしまサンドボックス」事業に協力。地域企業の皆さまと一緒に、異なるプラットフォーム間でのデータ連携を手掛けてきました。また、同年5月には福山市とも連携協定を締結し、人流解析や水位計の実証実験を進めました。このような背景と実績、そして地域の自治体や企業が持つデジタル化への高いモチベーションを踏まえ、よりコミュニケーションを加速すべく、せとうち Tech LABの開設に至ったのです。
複数のソリューションを組み合わせる
―特長や強みは何でしょうか?
―桑原さん ソフトバンクの技術はもちろんですが、先進企業とのつながりを持っていることが大きいと思います。例えば23年度、福山市のデジタル化推進課が主催の「びんごデジタルラボEXPO」に協力しました。当イベントはデジタル化に悩む中小企業の皆さまが、課題解決のヒントを持つ企業とつながることを目的とした展示会です。その中で弊社の執行役員のほか、博報堂、グーグル・クラウド・ジャパンから講師を招き、各社の事例を紹介してもらいました。インターネットが当たり前になった昨今でも、東京と地方の情報格差や意識のギャップは小さくないと感じており、有名企業の生の声を伝えることには意義があります。
少し話はそれますが、こうしたイベントでは地方の中小企業の声を聞くことも重要です。弊社では現在、次世代社会インフラ構想の要素の一つとして、国産の生成AIの開発に挑戦しています。日本でもよく知られている生成AIのシステムは、ほとんどが米国などの海外資本が手掛けていますが、弊社では日本語に特化した国産大規模言語モデルの構築に着手。その実現のためには、いろいろな企業からのフィードバックを集めて精度を高めなければいけません。草の根的な活動を進めているところです。
―社会のデジタル化への課題は?
―桑原さん 複数のソリューションの組み合わせが大切です。例えば直近では「物流の2024年問題」を受けて、ドローンでの代替輸送・自動運転・ライドシェア・AIによる車両配置の最適化といった手法が検討されています。しかし、それぞれがバラバラに動いていては実験を積み重ねただけで終わってしまいます。AIシステムなどを活用して情報を統合分析し、本質的な解決に貢献したいと思っています。
課題解決への最大のエネルギー源は「地域への愛着」
―広島での仕事・暮らしはいかがですか?
―桑原さん 満員電車での通勤から解放され、身体・精神両面での負担が減りました。リモートワークが浸透した今、地方にいても東京と同じように仕事ができることを体現しているつもりです。会社としてもリモートワークや在宅勤務ができる環境が整っており、日々の予定に合わせたフレキシブルな働き方によって生産性も高まったと感じます。
―県など自治体の取り組みで印象的なものは?
―桑原さん 急成長企業を創出するプログラム「ひろしまユニコーン10」は面白いですね。挑戦の風土をつくることは、地方創生に向けた重要な要素だと思います。また、東広島市と広島大学が持続的な地域の発展・大学の進化を目指す「Town&Gown(タウン アンド ガウン)構想」には弊社も賛同しており、コンソーシアムに参画しています。大学やその周辺のスマート化・グリーン化を進めるほか、スマートシティの実現に必要なイノベーションの創出支援などで協力しています。
―大学の話が出ました。求める人材像はありますか?
―桑原さん 本業である通信の目的はコミュニケーションであり、その能力は重視しています。どれだけ技術革新が進んでも、人と人とのつながりが失われることはなく、むしろ新技術によってコミュニケーションは活性化されますから。
もう一つは、課題解決への最大のエネルギー源となる「地域への愛着」です。そうした考えも背景に、地元の大学との連携を進めています。県内学生のインターンシップ受け入れや採用活動を通じ、高い志と意欲を持った人材に出会いたいですね。
<プロフィール>
ソフトバンク株式会社 データ基盤戦略本部 副本部長 兼 福山イノベーションセンター長
桑原正光さん
1967年生まれ。島根県出身。1990年、東芝に入社し、PCやOA機器の商品企画を担当。2001年からJ-フォン東日本(当時)、ボーダフォン日本法人(現ソフトバンク)でモバイルサービスのグローバル化を指揮する。06年にボーダフォン日本法人がソフトバンクグループの傘下に入ってから、シリコンバレー駐在やIoTプラットフォームの開発マネージャーなどを経験。21年から地方DXの新拠点「せとうち Tech LAB」を運営する。
ライターはこう思った!
誰もが知るソフトバンクが、初めて地方都市に設けた交流拠点「せとうち Tech LAB」。JR福山駅から徒歩圏内にあり、目の前には国道2号線が通るという抜群の立地です。施設名を決める際には広島、福山、備後なども検討したものの、グローバルに認知してもらうため、県が地域ブランドとしてPRに注力する「瀬戸内」がベストと判断したそう。
セミナーやイベントのほか、Webサイトで見学・訪問の受付もしているそうです。大企業の技術やノウハウで、広島をはじめとした瀬戸内エリアを活性化してくれることでしょう。