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2025.09.10

広島という挑戦の場に、イノベーションのエコシステムを創る

  1. 広島県


湯﨑英彦知事が「ひろしまAIサンドボックス」参加者たちと熱く語る地方都市のミライ


砂場のように何度でもチャレンジできるオープンな場として、さまざまなイノベーションを創出してきた広島県の「ひろしまサンドボックス」に、AIを通じた地域課題の解決に取り組む「ひろしまAIサンドボックス」が加わりました。課題を抱える地域企業とAIの開発者をマッチングし、1億円を上限に開発費を支援するものです。AI活用をリードし、地域課題の解決と新たな価値を創出していく取組みを進める湯﨑英彦・広島県知事と、事業者として参加するスタートアップ2社の代表者にお話を伺いました。

–広島県はちょうど1年前「『AIで未来を切り開く』ひろしま宣言」を出しました。

湯﨑英彦知事(以下「知事」):
近年、AIをはじめとするデジタル技術の進展は目を見張るものがあり、地域社会が抱える様々な課題を克服できる可能性を秘めています。広島県では2024年9月に、AIのポテンシャルを引き出し、新たな産業の育成や社会課題の解決、そして若い世代の活躍といった成果を目指すと宣言して取り組んできました。具体的な取組みのひとつが、本日お越しのみなさんとも連携して進めている「ひろしまAIサンドボックス」です。

試行錯誤を蓄積するということ

「ひろしまAIサンドボックス」は、これまで広島県が取り組んできた、新しいソリューションの創出を目指し、試行錯誤を繰り返してきた「ひろしまサンドボックス」にAIを掛け合わせ、県内企業とAI開発者の協業によるソリューション開発や実証を支援するもの。6月には多くの提案の中から20件を採択した。県内企業とAI開発者が一緒になって、AIを活用した広島発のソリューション開発・実証にチャレンジしている

エクレクト代表取締役・辻本真大さん(以下「辻本」):
私たちは2021年に広島に本社機能を移転しています。県と一緒に各種事業を進めてきた中で、私たちもIT企業としてAIに力を入れていこうと。タイミングよくRecho(レコー)と協業の話をしていたので、その取組み自体がこのひろしまAIサンドボックスに適合できるのでは、と提案し、採択していただきました。

Recho取締役CEO・白寧杰さん(以下「白」):
コールセンターのオペレーターが電話を受けたりかけたりする業務を自動化するソリューションを作ってきました。金融や小売などの領域で実証実験をしてきましたが、今回自治体向けソリューションの第一号として取り組んでいます。具体的には、県が実施する企業向けアンケートの回収率が上がらないという課題の解決のため、AIを使って未回答企業に電話をかけ、回答をリマインドするという実証を進めています。AIがどう対応するか実際に聞いていただけたら。

白:「もしもし?」
AI:「広島県がご案内を差し上げています。少しだけお時間をいただけますでしょうか」
白:「今忙しいので、2分以内でお願いします」
AI:「ありがとうございます。9月2日にお送りしました調査票について19日までにご回答をお願いできますでしょうか」
白:「ごめんなさい。何の調査票ですか」
・・・(と、音声AIのデモンストレーションが続く)

広島弁にも対応する音声AIがすでに生まれている

知事:
これ全部AIなんですか。すごいですね。これまでは色々なカスタマーセンターでAIを使いたいけどうまくいかないところがありましたが、まさにこのAIエージェントで今急速に変わってくる。こういうのが広島から生まれたらすごいですね。大事なのは、そういうものに取り組む人たちが広島に蓄積されていくこと。プロジェクトの成否はあっても、経験は人と組織に蓄積するから、それが増えれば広島県の競争力や付加価値を高めることができると思います。

白:
音声モデルは自社でトレーニングしていますので、固有名詞の精度も方言対応もとてもいいです。広島弁にもちゃんと対応していますよ。今、大崎上島で研究開発の拠点(GPUラボ)を構築していまして、それによりモデルのトレーニングの自由度が高まり、さらに精度の良いモデルが作りやすくなると考えています。

通商産業省(現・経済産業省)在職中にアメリカの大学院でMBAを取得し、退官後に電気通信事業会社を起業、上場まで果たしたという異色のキャリアを持つ湯﨑知事。2009年の知事就任後、イノベーション創出事業に力を入れてきた

–積極的な取組みの背景には、知事の起業家としてのキャリアがあるのですか。

知事:
キャリアというより経験ですね。僕がスタンフォードにいた1993から1995年は、商用インターネットが始まった頃。ログインしたとき、インターネットが世の中を変えると思いました。最初はダイヤルアップでしたが、3年後に戻ったらブロードバンドになっていた。すごい速度でしかも定額。これでますます世の中変わるなと。当時はいわゆるドットコムバブルで、アマゾンなどいろんなウェブ系のサービスがものすごい勢いで出てきて、世の中を目まぐるしく変えていました。だけど、日本では、インターネットは信頼性がないからビジネスに使えませんとか役所が言っている。日本とアメリカってビフォア・アフターだなと。アフターはアメリカで、ビフォアは日本。このギャップをなんとかしなければと思いました。

AIが社会と経済力に与える影響

知事:
2012年でしたか、人間が教えなくてもAIが猫を認識したとGoogleが発表したときは衝撃を受けました。それ以来、慶應義塾大学の安宅和人先生の話を聞いたりして、AIがいかに急速に進化しているかを知りました。インターネットに乗らないと産業が遅れるのと同じことがAIでも起きると確信したので、ひろしまサンドボックスを始めました。さらに生成AIが出てきて、ひろしまAIサンドボックスも。社会を変えるテクノロジーの変化についていかないと社会と経済全体の競争力に影響を与えると考えるからです。

–宣言の中で「HIROSHIMA AI TRIAL ~失敗を生かそう~」を掲げています。とはいえ公共事業で失敗って許されないという考えもありますよね。

知事:
ひろしまサンドボックスは「失敗してもOK」と打ち出した全国でも類を見ない挑戦的な事業です。スタート時から、必ずしもうまくいかなくても良い、失敗しても良いというコンセプトで、デジタル技術を活用した開発・実証を支援してきました。挑戦する土壌でAIを活用した新たなソリューション開発にチャレンジできる環境を提供することで、広島にAI企業や人材を呼び込み、イノベーション・エコシステムの形成を促したいからです。

「挑戦することが当たり前」という文化を創る

広島県が掲げるイノベーション立県の実現には、チャレンジ精神溢れる企業や人材の集積が必要不可欠です。「失敗を許容する」姿勢を県が前面に打ち出し、新しいことに挑戦することが当たり前の土壌や文化があることを発信することで、県内外から様々なプレイヤーが集まり、みんなで知見やノウハウを蓄積し、これまでにない新しいソリューションが創出されることを目指す。これが県内産業の持続的な発展につながると考えます。

白:
新しいテクノロジーが出たときには、完璧ではないですよね。インターネットが出たとき、動画や画像は送信できなかったし、すぐにサーバーがダウンしたし、セキュリティはどうなんだといった話がたくさんあった。いち早く取り組む姿勢、失敗を恐れないというところが大事だと思います。私が広島に感じる大きな魅力は失敗を恐れない精神です。「失われた30年」もそうですが、ITやDXが遅れた最大の要因は失敗の許容度の低さ。行政の大きなドメインの中で、日本がもっと良くなるために貢献したいと思います。

私たちはAIエージェントを作っていますが、金融、保険、医療、小売といった分野の中でも一番堅いのが行政の領域。セキュリティーの要件が高く、守らないといけないものも多いのでその分動きが遅かったりするのですが、広島県にはパッションがあって、顧客ではなく一つのチームとして課題に立ち向かっていると感じます。

辻本:
湯﨑知事自身の今までの経験の中で、こういう時代が来るという読みがあったからこそひろしまサンドボックスのような事業ができたんですね。それを私たちが活用できるのは非常にありがたい。AIの取組みってディフェンシブなところが多い中でチャレンジさせていただけている。私たちスタートアップはチャレンジする土壌がないと次に行けないので、そういう場で成果を出して次に向かっていかなければと感じます。


東京一極集中の弊害が指摘される一方で、コロナ禍によってリモート勤務が浸透し、場所を選ばない働き方を模索する動きが進んだ。そんな中、人口流出という課題を抱えた広島県にも少しずつ変化が生まれており、ひろしまAIサンドボックスへの熱視線も注がれている

”砂場”ですでに育ってきているものがある

–県内の事業者や県民の理解の深まりや機運の高まりは感じていますか。

知事:
ひろしまAIサンドボックスの開始にあたり、県内事業者・自治体向け説明会に、延べ 230事業者(自治体も含む)に参加していただきました。AIで解決してみたい課題について、140件を超える提案があり、本事業に対する関心や期待の高さがうかがえます。

一連のサンドボックスの取組みで、着実に育っているものはある。竹原市がAIの活用に取り組み始めたし、大崎上島町にしても受け入れがフレンドリーですよね。始めたときにフィールド提供しますと各市町に働きかけたら快く受け入れてくれた。そういうのはうれしかったし、実際に変化も生んでいます。

その一方で、首都圏に集中しているAI開発者に対しての認知拡大が十分とは言えないので、今後さらにプロモーションを強化する必要を感じています。ここでの開発・実証を単発で終わらせないためにも、企業誘致も含め、県が実施する一連のイノベーション施策を通じて、広島県内での継続的な活動や定着につなげていきたい。

ポテンシャル、というより、やらないことがリスク

–AIが、地域社会の課題を解決するポテンシャルをどう考えていますか。

知事:
1900年ちょうどぐらいのニューヨーク街角の写真を撮ると馬車が走っている。10数年後に撮った写真では、みんな自動車。そこに大きなシフトがあって、自分が好むと好まないとにかかわらず否応なく来る。私は蹄鉄職人だからそれをやり続けると言っても、車社会が来たらもう商売上がったり、ですよね。デジタルはそういう風に入ってきているのでやらざるを得ない。ポテンシャルというより、やらないことがリスクだからやるんです。

辻本:
まず大前提として、働き方が完全に変わります。知識はAIが持っているので、その知識をどう引き出し、どう活用し、どう決断するか、それができる人が仕事ができる人になっていく世界観で言うと、別に東京でなければできない話でも、海外に出ないといけない話でもない。あらゆる情報をAIが持っているので、そこにどうコンタクトして、人間が人間味のある最終的な結論をどう導き出すか。

その人間味はどうやったら鍛えられるか。幼少期の育ち方とか、自然とのふれあいや人との関係性づくりって、実は都会では希薄化してきています。どんどん人間味が失われていきますし、正解があるものに対して、愚直にやれば成功できる世界観は崩れていく。であれば、何か生み出していけるとか、コミュニケーションができるみたいな、そっち側が今後世の中で必要になってきて、それを育てるには都内ではなく地方都市の方がやりやすいと思います。広島でやっているのは、人間味を取り戻す取組みとも位置付けています。

「AIは産業革命」。小さい都市のアドバンテージも

白:
生成AIは産業革命です。いろんな課題が地方にあるけど、生成AIで生産性が10倍になるので解決策をつくるポテンシャルがある。それに、DXの流れを見ると大都市より小さい都市の方が浸透しやすいです。例えば、シンガポールで入国管理のDXが進んでいますが、小さいからこそスピーディーにできる側面もある。トヨタの「ウーブン・シティ※」もそうかなと。大都市東京をAI化するのは難しいけど、地方にとっては大きなチャンスだと思うんです。
※静岡県に建設中の実証実験都市。

企業誘致に力を入れてきた広島県は、1社最大1億円という助成制度を2016年に創設。これまでに累計210社以上がオフィスを移転したり、拡充したりしてきた。エクレクトも、助成制度を活用して広島に進出した企業の一つだ

–事業者側の視点で、ひろしまAIサンドボックスの先進性をどう感じますか。

辻本:
2021年の本社移転のとき、いろんな自治体の施策を調べ、社内で検討しました。圧倒的に広島県の企業誘致制度が魅力的でした。チャレンジがしやすいというところ、単なる助成だけではなく、コミュニケーションを通じた中で、スタートアップを応援する熱量を感じました。民間を経験している湯﨑知事の思いが県庁内に伝わり、私たちが求めているところをしっかり打ち出してくれている。助成の金額面は資本が少ないベンチャーにとって大事ですが、それだけではなく、やはり「人」。しっかり向き合い、難しいチャレンジを一緒に乗り越えようという姿勢がベンチャーにとって非常にありがたいです。

県庁全体の熱量がスタートアップを育てる

白:
行政機関は、民間と比べてスピードが遅くなる懸念もあります。例えば、一般的な旗振り部署が取組みを進めようとしても、実際に実行する部署が十分にサポートしない場合、プロジェクトの進行が滞ることもあります。しかし、広島県では、ひろしまAIサンドボックスを中心とした取組みにおいて、旗振り部署と実行部署との間でスムーズなコミュニケーションが図られており、課題が出たときに「解いてください」じゃなくて、どう解決するか一緒に考えてくれるところがありがたいです。

辻本:
例えば民間企業でしたら社長のトップダウンで進むし、DXを推進しているチームが力を持って、大鉈を振りながら進むのはよくある話です。ただ、行政だと各課各部で業務が多岐に渡る中で、新しい取組みをやろうとすると物怖じせずチャレンジしたい方もいれば、逆にそれをリスクと感じる方もいて難しい。問題が起きたときに説明責任が出てくるので特性上仕方ないことです。ただ、ここをクリアしていかないと、AIのような技術を業務に入れていくことができないので、何とか風穴を開けたいです。

「AIネイティブ」な自治体を創るワクワク感

–広島という土地は、チャレンジする場としてはどうでしょうか。

辻本:
規模感的にちょうどいいんです。都市としての機能が集中していてコンパクトシティっていうのもありますし、少し離れてみると自然環境がある居心地のよさがある。大都市でやろうとすると、いろんな関係者と調整しないとうまくいかない。例えば私たちが拠点を置く大崎上島は人口7000人ぐらいの島ですけれども、もちろん地元の方々との協力とか、仲間になっていただくのは必要ですが、「おもしろいね」といろんなことがすぐ前に進むんです。

白:
私たちも今大崎上島に拠点を作ろうとしていますが、離島を選んだのも、一つの独立した自治体なのでスピード感のある意思決定がしやすく、いろんな実証実験がしやすいと考えたからです。人口減少という課題を抱えた大崎上島でAIネイティブな島や自治体が作れたら次の100年のデフォルトになる。ワクワクしています。

知事:
スタートアップの皆さんのチャレンジの場を提供できていることはうれしいですね。今回、ひろしまAIサンドボックスへの応募自体は多かったんですが、個別の「SI(システム構築)やります」みたいな営業的な応募も結構あったんです。そうじゃなく、まったく新しいものが生まれるワクワク感を増やしたい。既存のものを組み替えるのではなくて、新しいものを生むチャレンジをもっとやりたいですね。

海外との取引で感じるHIROSHIMAの力

辻本:
外資のプロダクトを扱っているので外国のVIPの方々が日本に来るのですが、広島って喜ばれるんです。悲しい歴史もあるけど世界に知られている。原爆ドームや広島平和記念資料館などをアテンドすると、皆さん思いを持って帰る。そうすると関係値が深まるんです。思想哲学が詰まった広島という土地でコミュニケーションが深まる。それが直接的な仕事にどう結びつくかは表現が難しいですが、仕事って人間関係じゃないですか。そういう部分で実際にプラスになっているのは、まさに広島の力だと思います。

<プロフィール>
エクレクト代表取締役・辻本真大さん
つじもと・まさお 2004年シャノンに新卒第一号として入社、日本初の SaaS/クラウド型マーケティングオートメーションシステムを開発/提供。マーケティングソリューションサービス部長、宮崎支社長などを歴任。2015年マネーフォワード入社後、マーケティング、法人セールス・アライアンス部門責任者として従事。2017年にエクレクトを創業、代表取締役に就任。
https://eclect.co.jp

Recho共同CEO・白寧杰さん
はく・ねいけつ 中国に生まれ、幼少期を日本で過ごす。東京大学理学部情報科学科で機械学習を専門に学び、在学中の2021年にRechoを創業。年間1.5兆円規模のコールセンター市場を起点に音声AIエージェントのプラットフォームを開発。事業開始から1年弱で60名超の組織へと成長させ、大手保険会社、金融、家電メーカー、行政サービスなど幅広い分野でAIエージェント導入を実現。
https://recho-ai.com

撮影協力:OMNIBUS ROASTERS MOTOMACHI HUB STATION

ライターはこう思った!

よどみなく対話を続ける音声AIのデモンストレーションに聴き入る知事の表情に、30年前の米国でネットが切り開く未来の予感に衝撃を受けた青年の姿をしばし想像した。小さい地方都市であることがむしろ、イノベーション創出ではアドバンテージになる世界。チャレンジを重ねてきたHIROSHIMAの街に着実に芽生えつつある可能性に、この先も注目したい。

writing by 宮崎園子

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