「OK!!広島(おいしいけぇ、ひろしま)」など、常に話題に事欠かないメッセージを発信する広島県が7月30日、真夏の夜の都内でユニークなイベントを開催しました。その名も「Hi! HIROSHIMA感謝祭」。
筆者は取材等で足繁く通っているうちに、すっかりと広島の魅惑にやられてしまい、現地にも大勢の仲間ができました。最近はもっぱら横川で飲み歩いています。さて、そんな仲間の一人から「東京のど真ん中で広島県のイベントがあるよ」と誘われ、その模様を取材すべく会場に潜入することとなりました。
Hi! HIROSHIMAとは、広島県が展開する企業誘致プロジェクトのこと。そして、この感謝祭は企業誘致した側(広島県)も、された側(進出企業)も共に喜びを分かち合い、感謝の念を伝えようという、何とも風変わりなイベントです。しかも、これから広島への進出を検討している企業もあれば、「何だかよくわからないけど誘われて面白そうだから参加した」という企業もいて、このユルさもまた広島らしさが滲み出ていました。
顔ぶれも実に多様で大手企業から設立まもないベンチャーなど総勢100人近くが東京・表参道の「MAZDA TRANS AOYAMA」に集結。広島の地酒や名産品を飲み食いしながら、交流や親睦、さらにはビジネスに発展しそうな会話などを楽しむ、まさに「感謝祭」らしい温かな雰囲気に会場は包まれていました。
本稿では、それぞれの立場から広島に関わる人たちの声をお伝えしつつ、イベントの熱狂ぶりをお届けしたいと思います。
どうやらAIに関係するイベントらしい

突如、感謝祭は始まりました。いや、正確に言うと、始まりの合図がある前に、既に各所で乾杯がなされていました。うだるような外の暑さで乾き切った喉をビールで一気に潤す参加者たち。もちろん咎められることはありません。この和気あいあいとした空気に筆者は広島を大いに感じます。
早くも雑然とする中、司会者からの掛け声があり、正式にイベントがスタート。まずは広島県の湯﨑英彦知事による挨拶です。知事は広島県が主要なテーマとして掲げる「AI」に多く言及しつつ、次のように結びました。
「AIを使って(ものづくりなど)どんなリアルなことをやるのか。マツダさんをはじめ本当にたくさんのリアルを持っている広島県というのは、大きな可能性があるのではないかと思っています。ぜひ皆さま、AI含めた新しいテクノロジーを、この広島県でリアルにどう使えるか、いろいろと一緒に考えていただければ」
湯﨑知事に続いて登壇したのが、マツダの滝村典之執行役員。このイベント会場であるMAZDA TRANS AOYAMAの施設について紹介しました。2025年2月にオープンしたばかりの同施設は、従来の販売店やショールームではなく、マツダの世界観やクルマを通じて得られる体験を凝縮したブランド体感施設です。それだけではなく、同社のルーツである広島県のものづくりも感じられるようになっています。例えば、宮島で創業した伊都岐珈琲との協業や、広島発のスニーカーブランド「SPINGLE(スピングル)」とのコラボシューズ展示など。施設全体で広島愛を表現していることが伝わってきます。
企業が企業を誘致する!?

「よし、乾杯か!?」と思いきや、まだまだ。今度は感謝状の贈呈式です。「広島県の企業誘致活動に多大なお力添えをいただきました」という司会者のアナウンスとともに、ドリーム・アーツ、Rejoui、そしてエクレクトの3社が前に登壇しました。
ユニークなことに広島県では、先に広島へ進出した企業が他の企業を誘致しているらしいのです。この日のイベントは、その取り組みに広島県から感謝の気持ちを伝える場として設けられたものでした。湯﨑知事から感謝状を受け取った各社社長のコメントからは、それぞれの広島への思いが伝わってきます。
ドリーム・アーツは、広島県が誘致したデジタル系企業の第1号で、2016年に広島本社を開設してからは、広島県の活動に積極的に協力してきました。同社は大企業向けクラウド製品の開発や販売を手がけ、主力商品の「SmartDB」は業務デジタル化クラウドとして多くの企業に導入されています。山本孝昭社長は創業の地である南青山での開催に感慨深げで、「実は今度、広島にてマツダとドリーム・アーツでAI自慢大会を飲みながらやる」という企画があることを明かしました。
Rejouiは、データ分析コンサルティングやデータサイエンス教育事業を展開する会社です。菅由紀子社長は大崎上島町出身。地元貢献の思いから始まった広島進出が、手厚いサポートによって大きく成長していることを語りました。「データとAIのことができる人たちを増やしたい」として、地元にエンジニアを積極的に紹介している活動も印象的でした。菅社長の広島への企業誘致の取り組みについては、後ほど詳しく紹介します。
エクレクトは、Zendesk導入支援などのCXソリューション事業を手がける企業で、2017年に東京で設立後、2021年には本社機能を広島へ移転しました。同社も、広島への企業誘致に積極的に協力しており、東京大学発スタートアップの誘致を実現しています。辻本真大社長は、コロナ禍をきっかけにした広島進出のストーリーを紹介し、「我々の方が広島に感謝している」という言葉からは、単なるビジネス上の関係を超えた深いつながりを感じます。約160人まで成長した同社が、これからも広島と一緒にチャレンジを続けていく意気込みが伝わりました。
スポーツチームの社長が自ら売り込みに!?

感謝状贈呈が終わると、広島を代表するスポーツチームの社長が登場。なぜスポーツ関係者がここにいるのでしょうか。
実は、広島県が行っている「ひろしまAIサンドボックス」の一環で、11月下旬に「AI×スポーツ」をテーマにしたイベントが開催される予定なのです。広島のスポーツチームが抱える課題に対し、AIなど先端技術で解決するアイデアを全国から募集するらしく、課題を提示するチームの社長が自らPRに来ていたのでした。
サンフレッチェ広島の久保雅義社長は、「スポーツを通した街づくり、地域活性化」の重要性を語り、「皆さんといろいろ協力をしながら、いろいろな方を巻き込みながら、広島の活性化に努めていければ」とコメント。
次にマイクのバトンを受け取った広島ドラゴンフライズの浦伸嘉社長は、「スポーツというのは、汗や涙といったアナログな世界をリアルで提供している場です。だからこそ、AIとか最新のテクノロジーと掛け合わせて、そのギャップがあればあるほど、より感動が生まれるのでは」と力を込めました。
つながりやすい広島県

ついにお待ちかねの乾杯です。”武闘派CIO”の異名を持ち、フジテックの専務執行役員で呉市出身の友岡賢二さんが発声。「私が『広島に』と言ったら、『乾杯』と言ってください。腹から声出してくださいね」。参加者全員での乾杯と共に、感謝祭が本格的に幕を開け、皆さんとともにビールを口にすることができたのでした。
イベントが一気にヒートアップする中、筆者としてはようやく取材タイムが訪れました。まず話を聞いたのが、先ほど感謝状を受け取っていたRejouiの菅社長です。
菅社長は広島県外の企業にどんどん声がけしており、5社ほどが広島に進出してきたという、いわば企業誘致を民間人としてやっている功労者です。なぜそんなことをやるのかという質問に対して、菅社長はこう答えました。
「まず自分が広島に拠点を構えてみて、手厚いサポートがあると実感しました。呼んできて終わりではなくて、例えば私がつながりのない企業をご紹介いただけたりとか、進出企業同士の交流の場を設けてくれたりとか、ビジネスを応援してもらいやすい環境だなって思ったのが大きいですね。それを自分もどんどん仲間に教えてあげたかったわけです」
菅社長が広島に連れてきた企業はどんなところに魅力を感じているのでしょうか。
「こんなにサポートが手厚いと思わなかったという声は結構聞きます。加えて、イベントが多いから楽しい、他の企業とつながる機会が多いという点も評判がいいです。また、これは私が実践していることですが、ただ単に県庁の人をつなぐのではなく、◯◯課の△△さんみたいにバイネームで紹介していることも喜ばれます。そして当然、私も必ず同行しています」
地方の可能性に惹かれるスタートアップたち

続いて声をかけたのは、広島進出を検討している東京大学発のAIスタートアップ、2WINSです。同社は「勝たせるAI」をミッションとして掲げ、東京ガスや三菱UFJリサーチ&コンサルティングなど大手企業への導入実績もあります。
最近は地方大学などとの連携が増えており、その活動の中で広島にも接点を持ったといいます。小川椋徹CEOの言葉からは、地方の可能性への強い信念が感じられました。
「僕自身も地方(大分市)出身だから思うんですけど、本当に優秀な人でも地方にい続けるんですよね。僕も多分タイミングがずれていたら東京に出て来られなかったかもしれません。でも、僕らが地方に出て行き、そこで燻っているけど実は挑戦したいと考えている人たちと組めば、相当な価値が生み出せるのではないかと考えています。今僕らがやっている仕事に関わるだけで個々人の可能性は広がるはずです」
もう1社、リアルタイム遠隔就労支援プラットフォーム「JIZAIPAD」を開発するジザイエにも話を聞きました。同社は東京で創業していますが、社長および幹部が広島出身ということで、広島への本社機能の一部移転を検討しているそうです。なお、同社は「ひろしまユニコーン10」のSTARTUP ACCELERATIONに採択されています。
同社事業開発部の室木俊毅プロジェクトマネージャーは「AIは当社も活用し始めているので、広島県と一緒に取り組ませていただく良いチャンスだと捉えています」と意気込みます。JIZAIPADが目指す遠隔就労の実現は、広島県が抱える人手不足や過疎化の課題解決にも直結する技術です。建設機械や工場設備の遠隔操作によって、場所を選ばない新しい働き方を創出できる可能性を秘めています。
スポーツチームもテクノロジーの可能性に期待
こうした企業が広島の課題解決に参画できる機会は多く、その一つが上述した11月に開催されるイベントです。ソリューション提案を待つ広島ドラゴンフライズ・浦社長に話を聞くと、AIへの期待が感じられました。
「現状、スポンサー企業の多くはドネーション(寄付)の感覚でお金を出してくれています。それはそれでありがたいことですが、広告費などを投資対象にできればもっといろいろな企業が応援してくれるようになります。今、スポーツに投資する価値は出てきていますから、AIなどのテクノロジーを掛け合わせることで企業課題の解決につながれば嬉しいですね」
とはいえ、こうしたアプローチを進めるには地場の企業だけでは難しいのが現実です。そのためにも外の力を借りることが不可欠だと浦社長は訴えます。他方、県外の企業も広島に関わることでより地域に入り込み、ビジネスを広げることができる。そうした循環を作ることができれば、広島においてさまざまな場面でのAI活用は進むのではないでしょうか。単発のプロジェクトやイベントでは終わらない、具体的な成果を期待したいところです。
オープンマインドでお節介な広島人
イベントは大盛況のうちに終わり、気がつけば2時間が経っていました。会場を出た後も、盛り上がった一団がそのまま青山の街に繰り出していく光景は、なんとも微笑ましいものでした。
外の暑さと同じくらいの熱気に包まれたHi!HIROSHIMA感謝祭は、オープンマインドで少しお節介な広島の地元企業や進出企業、そしてこれから関わりを深めようとする企業が一堂に会し、それぞれの立場を超えて広島への愛と可能性を語り合う場となったのでした。

11月20日から22日にかけて、広島県内の各地を舞台に「Hi!HIROSHIMA Busineess Days 2025」が開催されます。きっとお節介な広島の人たちが迎えてくれるはずなので、筆者もそんな仲間たちに会いに、そして新たな仲間と交流するために、現地へ足を運ぼうと思います。
(文・写真 伏見学)