
サンフレッチェ広島のホームスタジアム・エディオンピースウイング広島。
この日、ピッチを見下ろすラウンジは、いつものVIPスペースではなく、全国から集まったスタートアップとスポーツチーム、投資家、行政が交差する“実験場”になりました。
イベント名は「ひろしまSPORTS×TECH指名会議2025」。広島県が主催する企業誘致イベント「Hi! HIROSHIMA Business Days 2025」のメイン企画として、スポーツを入り口に、スタートアップやAI開発企業を広島へ呼び込むことを目指したピッチイベントです。
本レポートでは、その1日を写真とともに振り返ります。
広島は、日本のスポーツビジネスの“熱源”

ラウンジの大きな窓越しに、緑のピッチが広がります。
その手前の会場には、ロゴ入りTシャツにジャケットの起業家、スポーツチームのスタッフ、スーツ姿の投資家、行政職員たちがぎっしり。ピッチを背景にスクリーンと演台、「スタジアムビュー付きカンファレンスルーム」という言葉がぴったりな空間です。
はじまりの一声を届けたのは、広島県の湯﨑知事。昨年9月に掲げた「AIで未来を切り開く宣言」に触れながら、こんなメッセージを投げかけました。
「AIやデジタルの力を使って、新たな未来を切り開いてほしい。今日の出会いと学びが、みなさんの前進につながることを期待しています」
この日、協力チームとして登場したのは、Jリーグクラブのサンフレッチェ広島(サッカー)、B.LEAGUEクラブの広島ドラゴンフライズ(バスケットボール)、はつかいちサンブレイズ(硬式野球)、広島 TEAM iXA(eスポーツ)、ヴィクトワール広島(自転車ロードレース)、A-Pfeile広島BFC+日本ブラインドサッカー協会(ブラインドサッカー)の6チーム※。
※広島ガスバドミントン部は試合のため欠席。
審査員席には、広島県知事、スポーツアクティベーションひろしま(SAH)代表・秦氏、スポーツ庁アドバイザー・竹嶋氏、株式会社広島ベンチャーキャピタル代表取締役・西岡氏、ReGACY Innovation Group株式会社取締役・桶谷氏という顔ぶれが並び、ラウンジの一角は、そのまま「スポーツビジネスの縮図」のような光景になっていました。

なぜ今、「スポーツ×スタートアップの勝負どころ」が広島なのか
今回のテーマは「スポーツビジネス」と言っても、いわゆる“競技力アップ”だけではありません。扱うのは、スポーツチームの集客・認知度・収益・スポンサー・ファンエンゲージメントといった「事業づくり」の部分です。
広島のスポーツチームが抱えるリアルな課題を事前に公開し、それをAIや先端技術で解決するアイデアを全国から募集。部門は2つ――
・あらゆる技術分野による「自由提案部門」
・AI活用を前提とした「AIサンドボックス部門」
AIサンドボックス部門の最優秀提案には、ひろしまAIサンドボックス事業の、最大1億円の補助金審査免除という、かなり本気のインセンティブが用意されました。
結果、集まった応募は合計69件(自由提案37件、AIサンドボックス32件)。提案社数は62社。そのうち52社は広島県外からの参加で、北は新潟、南は福岡まで。最も多かったのは東京都の企業でした。
一方で、広島はもともと「スポーツを応援する街」としてよく知られています。マツダスタジアム、エディオンピースウイング広島、新アリーナ構想。そして戦後、市民が「たる募金」でカープを支えたエピソード。地元チームを自分たちの手で育ててきた歴史があるからこそ、その周りにスポーツ起点のビジネスが生まれる土壌も育ってきました。
そんな歴史を背負う広島のスポーツチームは、ファンとともに歩みながら地域の日常に溶け込み、外から来た企業や人も自然と受け入れ巻き込んでいく開かれた存在として、多くの人をスポーツの現場へ引き寄せてきました。
この日、ラウンジには日本サッカー協会の幹部や、大手スポーツ用品メーカーの開発担当、大学でスポーツ経営学を教える専門家や、大企業の新規事業・CVC担当者など、全国からさまざまな“プレイヤー”が視察に訪れていました。「地方イベント」というより、日本のスポーツビジネスの行方を見に来ている――そんな視線が、会場には確かにありました。
7つのスポーツチーム、7つのリアル課題
今回スポーツチームが持ち込んだのは、「もっと強くなりたい」だけではありません。それぞれの現場に根ざした、“経営・運営のリアルな課題”です。
・サンフレッチェ広島 ──スタジアムと公園を365日どう活かすか
・広島ドラゴンフライズ ──新リーグ「Bプレミア」を見据えた収益モデルとファンベース拡大
・広島ガスバドミントン部 ──社員以外のファンをどう増やすか
・はつかいちサンブレイズ ──女子硬式野球チームとしての安定的な収益と人材確保
・広島 TEAM iXA ──eスポーツを中四国で「当たり前の娯楽」にするには
・ヴィクトワール広島 ──公道レース中心の自転車ロードレースに、継続的な収益モデルをどうつくるか
・A-Pfeile広島BFC+日本ブラインドサッカー協会 ──共生社会のモデルとして、競技とビジネスを両立させる仕組みづくり
「スポーツビジネスって、こういうことなんだよね」という“お題集”が、このイベントのスタートラインとして共有された形です。
全国スタートアップによる「7分一本勝負」と、交渉権争い

ファイナリストに選ばれたのは7社。自由提案部門3社、AIサンドボックス部門4社が、1社7分の持ち時間で次々にプレゼンしていきます。
このイベントがユニークなのは、賞だけでなく「スポーツチームとの交渉権」をかけた争いがあること。
・各社が「一緒に取り組みたいチーム」を指名
・指名されたチームが「交渉可」の札を上げると、交渉権獲得
・ほかのチームも「うちも交渉したい」と思えば続けて札を上げられる
というドラフト会議(昭和世代には懐かしのテレビ番組「スター誕生」)のような仕組みで、この場そのものが「スポーツチーム×スタートアップのマッチング」の場にもなっていました。

自由提案部門から登壇した株式会社瀬戸内ミライデザインは、A-Pfeile広島BFC+日本ブラインドサッカー協会を指名。着物のアップサイクルや伝統工芸、障害者支援を組み合わせ、視覚障がい者の視点をデザインに取り込んだオリジナルグッズで収益とファンコミュニティを両立する提案を行いました。

エンドライン株式会社は、7チームすべてを対象に、NFC・AR・アップサイクルを掛け合わせた「循環型エンゲージメントモデル」を提案。スタジアムや街中でのファンの行動を見える化し、環境配慮・体験価値・スポンサー価値を同時に高めていく構想です。

そして、その自由提案部門で広島県知事賞を受賞したのが株式会社HYTEK。「せーの!」の掛け声でメガホンに向かって声援を叫ぶと、その声のピークがシャッターになり、カードとしてプリントされて手元に残る――そんな“声援の可視化”体験を提案しました。
カードには選手の写真やサイン、QRコードを入れ、動画と連動させることも可能。試合のある日だけでなく、街中や遠方からでも参加できるようにすることで、広島の街全体で応援を「見える化」していく構想です。
質疑では、導入コストや他施策との優先順位など、かなりリアルな質問も飛びましたが、HYTEKは「“持ち帰れる応援”そのものに大きな価値がある」と答え、「声援はスポーツにとって切っても切れないもの。その原始的な体験を大事にしたい」と締めくくりました。

AIサンドボックス部門には、データとAIを軸にした提案が並びました。
curioph株式会社は、AIリサーチシステム「POLLS」を活用し、サンフレッチェ広島向けに“価値観別シート”を提案。ホーム/アウェイで席を分けるのではなく、「サンフレ×車好き」「サンフレ×筋トレ好き」など、共通の“好き”でゾーンを分けることで、見知らぬ隣人が「話の合う仲間」に変わっていくスタジアム体験を描きました。
筋トレ好きの方には、「試合前にHiropa※で走ってプロテインで乾杯する席」や「いっそ椅子を取っ払って空気イスシートに」など、思わず笑いが起きるアイデアもありつつ、裏ではAIが来場者の本音や潜在ニーズを分析し、価値観ごとに体験を設計する仕組みが組み込まれています。
※エディオンピースウイング広島に隣接する公園の名称

株式会社ビーライズは、AIとXRを組み合わせ、スタジアムバブルで増加した「新規・ライト層」の顧客をファンとして育成し、スタジアムへ定着させるアプリを提案。誰を応援していいかわからないという最初の壁をアプリが取り払い、選手とチームとの個人的なつながりを作るアイデアを提案しました。

一般社団法人One Smile Foundationは、B.LEAGUEクラブ・広島ドラゴンフライズとともに展開する、笑顔認証を使って「1笑顔=1円」の寄付が生まれるソーシャル事業を提案。防犯カメラなどのITセンサーで検出された笑顔を、個人情報を取得せず寄付に変換し、ファンの笑顔がスポーツチームの運営を支える仕組みを構想しました。

そして、はつかいちサンブレイズに向けて登壇した株式会社Pacific Meta。のちにAIサンドボックス賞を受賞する同社は、スポーツチームの用具やアイテムを、AIとNFTで活用する仕組みを提案しました。
AIがファン一人ひとりに合わせたオリジナルデザインを自動生成し、そのNFTを購入してもらうことでチームの運営資金を支援。NFT保有者には、AIが生成するレポートやストーリーコンテンツなどの特典を届ける形です。
プレゼンでは、戦後の「たる募金」を引き合いに出しながら、「広島は“みんなでチームを支える文化”を全国に先がけてつくってきた街。「たる募金」のようなものを、ブロックチェーンやNFTといった先端テクノロジーでアップデートしたい。広島から、新しい応援のかたちをつくっていきたい」と語ったのが印象的でした。

交渉権の行方は? スタートアップとチームのマッチング
交渉権の結果を一覧にすると、こんなマッチングが生まれました。
・株式会社瀬戸内ミライデザイン
指名:A-Pfeile広島BFC+日本ブラインドサッカー協会
交渉権:A-Pfeile広島BFC+日本ブラインドサッカー協会、広島 TEAM iXA
・エンドライン株式会社
指名:全チーム
交渉権:サンフレッチェ広島
・株式会社HYTEK
指名:全チーム
交渉権:はつかいちサンブレイズ、A-Pfeile広島BFC+日本ブラインドサッカー協会
・curioph株式会社
指名:サンフレッチェ広島
交渉権:サンフレッチェ広島、広島ドラゴンフライズ
・株式会社Pacific Meta
指名:はつかいちサンブレイズ
交渉権:はつかいちサンブレイズ、A-Pfeile広島BFC+日本ブラインドサッカー協会
・株式会社ビーライズ
指名:サンフレッチェ広島
交渉権:サンフレッチェ広島
・一般社団法人One Smile Foundation
指名:広島ドラゴンフライズ
交渉権:広島ドラゴンフライズ、サンフレッチェ広島
全ての企業が、指名したチームとの交渉権を獲得し、指名チーム以外からも沢山の交渉権が提示される結果となりました。
審査員の竹嶋氏は、「1つの技術やアイデアだけで完結させるのではなく、複数を組み合わせることで一気に可能性が広がる。今日の提案の多くは、互いに“つなげて使える”余地があるのが面白い」とコメント。
「どれが一番か」だけではなく、「どの組み合わせから試すか」を考える場になっていたのが、このイベントの特徴でした。

最大1億円のAIサンドボックス賞。広島は本気でスタートアップを口説きにきている
結果発表では、まず自由提案部門の広島県知事賞に株式会社HYTEKの名前が呼ばれました。
湯﨑知事は「応援の声を出すのは気持ちいいし、この仕組みはいろいろな場面で使えると思った。リモートでも実装できるし、他の施策と組み合わせて接点を増やしていってほしい」とコメント。HYTEKの道堂氏も「スポーツと声援は切っても切れない関係。そこにしっかり寄与していきたい」と応えました。

AIサンドボックス部門のAIサンドボックス賞は、株式会社Pacific Metaが受賞。知事は「NFTの拡張性が印象的でした。広島のスポーツに限らず、さまざまな分野に応用できる。ファンとの接点やエンゲージメントを高めるなど、いろいろな使い方がありそう」と評価しました。
株式会社Pacific Metaの池村氏は、「新しい領域での仕事は、なかなか理解が得られないことも多い。今日、広島のスポーツの現場で評価をいただけたことが本当にうれしい。ここから広島でしっかり実装していきたい」と語りました。

審査員の西岡氏は「60件を超える応募があったこと自体が、広島のポテンシャルを示している。スポーツを起点に、スタートアップと地域のイノベーションがもっと広がってほしい」とコメント。
桶谷氏は、自身のラグビー経験にも触れつつ、「せっかくAIを使うなら、競技ごとの構造的な課題やチームカラー、広島という地域性に合わせた“個別最適のモデル”として磨き込んでほしい」と、次のフェーズへの期待を込めました。
今年2月にスポーツアクティベーションひろしま(SAH)の代表に就任した秦氏は、「開催が近づくほどエネルギーが高まっていくのを感じた」と振り返り、「どの提案もスポーツの枠を超えて社会課題に触れていて、現場と異分野の掛け算の大切さをあらためて実感した」と語ります。
さらに「みなさんが当たり前だと思っている広島の価値を、もっと外に開き、いろいろな分野と掛け算すれば、ものすごい可能性がある。今日はそのスタートライン。スポーツを源流の1つとして、AIや新しい産業とも結びつけながら、今日生まれたご縁をぜひ次のアクションにつなげていきたい」と締めくくりました。

この日ステージで手渡された副賞には、ものづくりの街・広島を代表する県内食品メーカーなどから提供された商品も並びました。スポーツチームと行政だけでなく、広島全体でこのチャレンジを応援していることが伝わるシーンでした。

ピッチが終わっても、名刺とアイデアが飛び交う
表彰と記念撮影が終わっても、ラウンジの熱は冷めません。ステージ前や通路スペースなど、あちこちで名刺交換と立ち話が続きます。
登壇を終えたスタートアップのもとには、スポーツチームのスタッフはもちろん、視察に来ていた大手スポーツ用品メーカーの開発担当や、大企業の新規事業・CVC担当者が次々と立ち寄ります。
「今度詳しい話を聞きたいので・・・・」「観光や飲食とも連携して・・・」そんな会話が、その場で次のアクションの約束へと変わっていきました。
日本サッカー協会の幹部も、会場のあちこちで足を止め、スポーツチームの担当者やスタートアップと意見交換する姿が見られました。行政とスポーツチーム、スタートアップが組んだ今回の企画が、「日本のスポーツ界にとってもモデルになりうるかどうか」という視点で見られていることが伝わってきます。

「スポーツビジネスの今は、広島に集まる」
次にこのフレーズを更新するのは、あなたかもしれない。

この1日を振り返ると、「広島だからこそ」という要素がいくつも重なっています。
多様な競技のスポーツチームが集まり、応援文化が根付いた“スポーツ王国”としての広島。スタジアム・アリーナを核にしたまちづくりが動き始めていること。戦後の「たる募金」から、AI×NFTによる新しい応援まで続く、ファンの街としてのDNA。
69件のアイデアのうち、今回ステージで披露されたのは7件だけ。この先、広島に持ち込まれるプロジェクトはもっと増えていくでしょうし、もう既に、今回生まれたマッチングから新たなビジネスが動き始めています。
スポーツが好きな人も、先端技術にワクワクする人も、スタジアムやアリーナを「実証フィールド」にしてみたい人も。
「スポーツビジネスの今は、広島に集まる」――その次の1文を一緒に書いてくれるプレイヤーを、広島は待っています。
【Information】
イベント名:ひろしまSPORTS×TECH指名会議2025
(広島県企業誘致イベント「Hi! HIROSHIMA Business Days 2025」メイン企画)
イベントサイト:https://kurukuru.hiroshima.jp/hihiroshima/ai-sports/
主催:広島県、広島市、広島県企業立地推進協議会、サンフレッチェ広島、広島ドラゴンフライズ
開催日:2025年11月21日(金)
会場:エディオンピースウイング広島
参加チーム一覧:サンフレッチェ広島、広島ドラゴンフライズ、はつかいちサンブレイズ、広島 TEAM iXA、ヴィクトワール広島、A-Pfeile広島BFC+日本ブラインドサッカー協会 ※広島ガスバドミントン部は試合のためイベント当日は欠席
応募部門:※募集終了
・AIサンドボックス部門
AIを活用した、新規性や独自性のある提案を募集。最高得点を獲得した提案は
特典としてひろしまAIサンドボックス事業補助金(最大1億円)の審査を免除。
・自由提案部門
AI以外の技術等でスポーツチームの課題を解決するアイデアを募集。
最高得点を獲得した企業には、広島県知事賞を授与。
関連リンク:
・広島県の企業誘致ポータルサイト https://kurukuru.hiroshima.jp/
・Hi! HIROSHIMA Business Days 2025 https://kurukuru.hiroshima.jp/hihiroshima/
・広島県 商工労働局 県内投資促進課 https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/76/
・スポーツアクティベーション広島 https://sa-hiroshima.com/
・ひろしまAIサンドボックス https://hiroshima-ai-sandbox.jp/
このレポートに関するお問合せ先
広島県 商工労働局 県内投資促進課 (担当:渡部・西本)







