広島の企業誘致政策 最前線リポート

2023.12.07

広島県に「時代を変える」覚悟はあるか。孫泰蔵が湯﨑知事に詰め寄った新・瀬戸内文明構想

(広島県庁県内投資促進課 撮影)

秋晴れの日差しが海面を煌びやかに照らし、その奥には瀬戸内の島々を鮮明に見ることができます。

ここは広島県竹原市の竹原港。30人ほどが集まり、フェリーの出港を心待ちにしています。

広島県と広島県内の16自治体は10月10日から13日にかけて「Hi! HIROSHIMA business week 2023」を開催しました。地元の企業や大学などと連携、それぞれが独自のアイデアで県内各地でさまざまな企画を実施するというもの。今までに累計150社以上のオフィス誘致や拡充などを実現してきた広島県ならではのプログラムが25も用意されました。

初日となるこの日は、メイン企画として、「新しい瀬戸内! 大崎上島・竹原・三原1DAYツアー」が行われました。世界的な投資家である孫泰蔵さんをスペシャルゲストに招くとともに、広島県内外のベンチャー経営者や幹部などが交流しながら、瀬戸内エリアのイノベーションの可能性を探りました。本稿ではその模様をレポートします。

大崎上島は「世界の中心」

午前10時すぎ、ほぼ定刻通りにフェリーは沖に向かって動き出しました。一同はデッキに上がり、データ分析サービスなどを手がけるRejoui(リジョウイ)代表の菅由紀子さんのガイドに耳を傾けます。菅さんは大崎上島出身。故郷の魅力をアピールすべく、今回の役を買って出ました。

竹原から大崎上島までは約30分と近い

出港から約30分、大崎上島に到着。垂水港に入る前に本プログラムのナビゲーターを務める広島県・湯﨑英彦知事からエリアの紹介がありました。

「私はここ大崎上島を『世界の中心』と呼んでいます。移住者や新しい物事に対してすごくオープンなんですね。なぜかというと、昔は米ができないから輸出入で生計を立てていました。また、江戸時代から北前船などが通るので、船の修理をしたり、水や食料を補給したりと、外部との交流が活発でした」

「加えて、現在は『教育の島』『カーボンリサイクルの研究拠点』としても知られるように。すべての生徒が国際バカロレアの教育プログラムを履修する日本初の公立校・広島県立広島叡智学園や、CO2を資源として有効活用する国家レベルの研究プロジェクトが行われる大崎クールジェンなどがあります」

「過疎の島だけど、最先端の取り組みがあるイノベーションの島でもあります。今日は孫さんにも参加いただいて、新しい瀬戸内を一緒に考えていければと思っています」

湯﨑英彦広島県知事

そう意気込む湯﨑知事の言葉に胸を弾ませた参加者たちは、足早に船からコース別のバスに乗り込みます。

門番現る!? 緊迫の秘密のアジト入口

筆者らが乗ったバスは、港から急な山道を走ること7〜8分。そこからは徒歩で細い枝道を登ります。少し視界が開けた場所に来ると、前方には2人の門番が立ちはだかっていました。

行く手を阻む門番たち

そのまま道なりに進むと、ロープの上に浮遊する人、まったりと水風呂に浸かる人など、驚きの光景が飛び込んできました。ビジネスパーソンを集めたプログラムなの!?思い切った仕掛けです。一行はようやく築140年という古民家に到着。迎えてくれたのは、エクレクト代表の辻本真大さんです。実は、ここはエクレクト社の秘密のアジトだったのです。その秘密は後ほど。

今までの常識は阻害要因にしかならない

古民家アジト(オフィス)に上がり、全員が着席したところで、孫さんによるプレゼンテーションが始まりました。

「今回ここに来た理由は、自分自身も広島にコミットする気があるからです。参加者の皆さんも広島に興味があったり、何かをやりたいと決めていたりはするけど、最後の背中を押してほしい。そういう感じじゃないかと思うんですよ。その檄を飛ばすために来ました」

孫泰蔵さん

プレゼンの中では、孫さんが支援する「αスタートアップ」の取り組みが紹介されました。αスタートアップとは、既成概念にとらわれず、最新のテクノロジーを駆使して地球規模の問題を根本的に解決する新興企業のこと。

まずは米国の自動運転ロボタクシー、Zooxの事例を引き合いに、世の中の常識が変わろうとしていることを伝えます。Zooxが目指すのは運賃の無料化です。実現すれば人々はクルマを持たなくなるし、駐車場も不要に。さらに、住居はアクセスの良い駅近でなくても済むため、地価の条件が根本から崩れるというのです。

そのほかにも、プラスチック廃棄物を高性能な化学物質や材料に変えるリサイクル技術を開発した米Novoloopや、世界中の海に漂流するごみの回収を目指すオランダのNPO、The Ocean Cleanupなど、常識を覆す行動を起こしている若者たちにフォーカスが当てられました。

「時代はいよいよガラッと変わりますよ。私たちが持っている今までの常識は阻害要因にしかならない。だからアンラーン(既存の知識や価値観などを破棄して、思考をリセットさせる学び)が重要なんです」と孫さんは訴えます。

孫泰蔵が「震えた」東広島のベンチャー企業とは

そこで一呼吸置くと、「モビリティに関する一つの解が東広島にあったのを、昨日初めて見つけてしまいました」と孫さんは明かします。それは1人乗りの超小型EVを開発するベンチャー、KGモーターズです。

「俺はこれを見た時に震えました。世界中の自動運転の会社やEVの会社を全部見ている人間です。だけど、このKGモーターズのようなコンセプトに出会ったことはない」

国土交通省の調査によると、国内における自動車利用者の約7割が一日に10キロ未満しか移動しておらず、一人で乗車しているのがほとんどだといいます。

「でかい車をガンガン移動させるのは無駄。こういった小さいパーソナルモビリティ、かつEVであれば渋滞も環境負荷も激減します」

瀬戸内の可能性を語る孫さん

一刻も早くこれを社会実装すべきだと孫さんは力を込めます。

「大崎上島のようにすごく道の細い伝統的な地区や、都市部の渋滞の激しいところでは、ミニマムモビリティしか乗り入れられませんと規制したらいい。あるいは、自転車専用レーンみたいなレーンを作る。そうすると渋滞でもスーッと走れるから、便利ならば買おうかなとなるわけです。皆がどんどん買うようになると、マツダやトヨタみたいな大手自動車メーカーもミニマムモビリティを作り出して、マーケットが立ち上がってくる。ヨーロッパの街は狭いし、アジアは渋滞だらけ。ミニマムモビリティが世界の課題を解決するのです」

孫さんがここまで興奮するには理由があります。それは、瀬戸内に新しい文明を作ることができるポテンシャルを感じたからです。

実は今、世界を見渡すと、「海」をテーマにしたプロジェクトが注目されています。一つは、ノルウェーの海上ホテル「Svart」。これは、建物が寿命を全うするまでにエネルギーの収支をプラスにする「エネルギーポジティブ」という思想で作られたもの。要するに、自家発電して消費電力以上のエネルギーを生み出しています。

もう一つは、カナダのベンチャー企業であるALORAが取り組む海水農業です。既に海水で育つ無農薬、無肥料の米(コシヒカリ)を生産しており、これによって有機米の安価な生産や砂漠の緑化などが期待されています。

共通するのは、海の効果的な利活用です。そうした観点で、瀬戸内海を持つ広島はポテンシャルしかないと孫さんは意気込みます。

「広島の人たちは狭い平地部分にへばりついて住んでいますが、目の前には海が広がっていますよね。もちろん、皆で海上に暮らそうというわけではなく、水でも陸でも自分が向いているところで生活すればいい。でも、すべての土地が使えるようになると考えたら、瀬戸内は最高じゃないかと」

孫さんは畳みかけます。

「僕のライフワークは、ビジネス的に成功することでも、素晴らしいスタートアップに投資することでもない。新たな文明を作ることです。広島には瀬戸内という静かな海があって、KGモーターズのようなスタートアップがある。そして今日ここには知事もいて、イノベーションに取り組む人もいる。僕は本気で、新しい文明にチャレンジしたい。できるかどうか分からないけど楽しいよね。きっとチャンスがあるので、面白いと思った人は腹を括って一緒に変えませんか」

社会変革、脱常識の要件を満たした大崎上島

エクレクト社で代表を務める辻本真大さん

今回、アジトを提供してくれたエクレクト社は、顧客体験の向上につながるサービスを提供するIT企業。広島県の誘致により、2021年に広島市内に本社機能を移転しました。さらに、この大崎上島にも、ウェルビーイングやアンラーニングをテーマにした新たな拠点を整備してきました。公には今回が初お披露目のようです。

「瀬戸内の豊かな資産もありながら、離島というのもポイントでした。港というエントランスがあるからこそ、日常とは違う感性が生まれていく。とはいえ(竹原市から)30分で着きますし、後はこの土地の人々のオープンマインドにも価値を感じました」

この島で日々の業務をこなす傍ら、会社として目指しているものがあります。

「我々はアンラーンを加速させるプラットフォームを作りたいと思っています。まだ小さい会社ですし、仲間作りもこれからです。まずは小さな社会から変革を起こして、新しい物事が生まれやすい環境を作っていきたい。そういう点ではこの大崎上島という、人口7,000人ほどの島から改革を少しずつ推し進めていくのは最適です」

島のオフィスに「崖サウナ」!(広島県庁県内投資促進課 撮影)

「その場所でなければいけない」が、産業創出のキー(湯﨑知事)

ここからはランチを食べながらのセッションに。孫さん、辻本さん、湯﨑知事のほか、3D プリンター住宅事業を展開するセレンディクスCOOの飯田国大さん、KGモーターズ取締役の横山文洋さんらも加わりました。

孫さんのプレゼンの中で、海水を使った稲作や、海上都市建設といった海外スタートアップの取り組みが紹介されたことからも、美しい海を持つ瀬戸内のポテンシャルは高く、さまざまなチャレンジができる土壌がある、といった意見が次々と飛び出しました。

湯﨑知事も「土地の持つ固有性、その場所でなければいけないということにフォーカスするのが、産業創出のキーになる。瀬戸内にはその素質が十分にある」と断言。

徐々にセッションは熱を帯びてきた

広島が本気にならないのなら、僕が海外に連れていってしまう(孫泰蔵氏)

議論が白熱するにつれ、参加者から行政への要望も出てきました。KGモーターズの横山さんは、自社製品の社会実装に向けた現実味を問います。

「これまでは既存の道路インフラにフィットすることを前提に、県内のどこの地域が好ましいかを考えていましたが、泰蔵さんに言われたのは、そんなポテンシャルじゃないと。インフラそのものを作り変えて、僕らのモビリティが利便性を生み出していかないとジャンプアップできません」

これに対して湯﨑知事は「いきなりインフラをすべて変えることは難しいので、ファーストステップとしてどこかでテストをして、社会に受け入れられる証明をするところから」と答えます。

このやりとりを静かに聞いていた孫さんが口を開きます。

「それじゃあ、世の中は変わらない。広島にイノベーションは起きない。他の国はすごいことをやっているんですよ。だったら、僕がKGモーターズをそっちに連れていきます。日本の人たちはビジネススピードが世界で最も遅いと揶揄されていて、投資家にもプロジェクトに日本企業を入れるなと言われている。日本のやり方では甘いんですよ」

例えば、ドローン配送の米Ziplineは、スーパーマーケット最大手・Walmartの本社があるアーカンソー州で最初に商用サービスをスタートしましたが、その裏には地元行政が法規制を変えてまで米国初のドローン配送サービスを可能にしたという動きがありました。それを見たカリフォルニア州が、だったら自分たちはクルマの自動運転分野で最先端をいこうと莫大な投資をしました。結果、世界中の自動運転技術がカリフォルニアに集結しています。

「そのスピードたるや。スタートアップよりも行政のほうが早い。それくらいしないと広島へのスタートアップ誘致は不可能です。利害関係者が多くて難しいのは分かるけど、スピードの勝負なんですよ」

この言葉に火がついた湯﨑知事は身を前に乗り出します。孫さんが「インフラの改造というよりも、まずは自転車専用レーンの線を引くようなことはできるのか?」と問うと、「それくらいだったら可能だ」と湯﨑知事は力強く返します。

これには横山さんも「僕らの車は幅が1090ミリという驚異的な狭さなので、道路の左側を走りさえすれば、渋滞も何も関係ない。まずは専用レーンを作ってもらい、実績を上げていきたい」と期待します。

KGモーターズは来年6月に公道デビューする計画があります。「大崎上島だったらクルマの通行量も少ないし、やりやすいよね」と湯﨑知事が後押しすると、辻本さんも「僕らのアジトも、大崎上島もその頃にはもっとアップデートしているはず」と全面協力のコメント。

人目のつかない山里で、瀬戸内の未来を変えるかもしれない、大きな意思決定がなされた瞬間でした。

瀬戸内で生まれた一体感を絶やさないために

高揚感を持ってエクレクトのアジトを後にした参加者は、再びフェリーで竹原港へと戻ります。

筆者らは1時間ほどかけて“安芸の小京都”と言われる竹原の「町並み保存地区」を散策し、JR竹原駅前の商店街へと向かいました。現在はいわゆるシャッター商店街ですが、活気を取り戻そうと、JR西日本や地元行政らがまさに奮闘している様子を聞きました。無印良品などのテナント誘致も決まっており、数年後には景色が一変しているかもしれません。

「町並み保存地区」を歩く参加者たち

時刻は午後3時半過ぎ。竹原駅に到着したところで解散となりました。そのまま帰路につく人もいれば、竹原市内で開かれるスタートアップ企業のお好み焼き交流会に出席する人も。こうして「新しい瀬戸内! 大崎上島・竹原・三原1DAYツアー」は盛況のうちに幕を閉じました。

参加者の一人、広島進出を模索するセレンディクス社(本社は兵庫県西宮市)の飯田さんに声をかけると、こう話してくれました。

「今、私たちは住宅産業の完全ロボット化に挑戦しようとしています。そのためには高品質な製品をスピーディーに量産する技術を磨いてきた自動車産業の協力が不可欠で、広島に来た理由は、まさに自動車産業の人たちにロボット化を手伝ってもらいたいからです。住宅建設の自動化で世界のマーケットを取りにいきましょうと呼びかけたいですね」

竹原港から三原港までのフェリーで見た夕焼け

行政と地元で活動する企業、そして県外からやってきたビジネスパーソンたち。彼ら、彼女らが交わり、心が一つになった場面を何度も目撃することができました。この機運の高まりを絶やさなければ、広島は近い将来、国内外から注目を一身に集める先進的なエリアになっているかもしれない——。そんな希望を強く抱かせる一日でした。

(文・写真 伏見学)

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