進出企業インタビュー

2024.03.18

2023年上場、広島ハイレベル人材を狙うドリーム・アーツ社の「ギャップ」戦略―山本孝昭社長インタビュー

主に大企業向けのクラウドサービスを開発・提供してきた株式会社ドリーム・アーツは2016年、開発等の本社機能を、創業の地である東京に加え、新たに社長の山本孝昭氏の出身地である広島市の2拠点とした。その後も飛躍的な成長を続け、2023年秋には東証グロースへの上場を果たしている。各地を飛び回る山本氏を広島市内中心部にあるオフィスに訪ね、広島に本社を置くことの意味や経営哲学などについて、話を聞いた。

─東京本社、 広島本社に加え、那覇オフィス、 石垣オフィス、そして中国・大連にグループ企業がある。山本社長は普段どのように動いているのか

3分の2は東京で、3分の1は広島をはじめ他拠点にいる。昨日も東京からここ広島に来て、この後東京に行き、明後日また広島に来る。

─昨年、東京証券取引所グロース市場への上場を果たした。2016年に本社を広島に設けて7年だが、ビジネス展開の上で「広島」はどんな意味があったか

広島に本社機能を置いたことはプラスに寄与している。そもそも、東京は日本の中では極端に高いレベルで人材獲得競争が激しい。東京以外も含め、広く日本から優秀な人が集う組織を作るためには東京に偏重しない状況を作りたい。その中で、僕の郷里であり中四国の中核都市である広島はちょうどいい。

広島「本社」であることの優位性

─広島に本社があることにどんなメリットがあるのか

広島は典型的な支店経済のまち。さまざまな大企業が事業所を置くがほとんどが子会社。そのようななかで、僕たちは「ドリーム・アーツ広島」という子会社ではなく、ドリーム・アーツの「本社」を置いている。これはリクルーティング上、相対的に有利になる。だから人材獲得として、より優秀な人を東京以外から集めるというのが一つ。

もう一つは、BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画、災害やテロなどに備える計画)の観点。事業継続をしていく上で、やはり1ヵ所に集中しすぎている状況は非常にリスク。日本や世界の産業・経済を支えている社会的に重要度の高い顧客のデータを扱う我々が背負っている責任も非常に重い。何かあったとしても、業務やサービスを止めるわけにいかない。顧客の多くは東京だが、東京でもし何かあっても、地理的に離れている広島本社があることによって備えになる。

魅力ある仕事がないから帰ってこないだけ

─広島では3年連続人口が転出超過となっていることについて官民ともに危機感がある

広島県には、最大1億円を助成する企業立地促進助成制度があり、ドリーム・アーツが申請第1号として活用させていただいた。県が取り組んでいる企業誘致の活動は重要で、マーケティング的に言っても企業が「集積する」ことが全体のパワーを作る。

先行して上手くいった福岡市は、首長のリーダーシップがうまく発揮され、地味な積み上げも継続して行なってきた。だから人もビジネスも集積して都市として成長を続ける状態ができている。だから、ドリーム・アーツだけではだめ。僕ら以外の会社も広島に来るような状態があればいいのだが。

─特に進学などで県外に出た若い人たちが戻らない

例えば広島で、ITでおもしろいことをやりたいと思っても下請けばかり。そんな状態では、優秀な人材は集積しない。ドリーム・アーツには新卒にきてもらいたいから、広島の大学在学者や広島を郷里に持つ人、今は広島に住んでないけど帰ってきたい人、東京に行っていたけどやはり広島で住みたいという人を狙っている。彼らは、受け皿がないから帰ってこないだけ。ITバリバリやって東工大出ました、東大の情報サイエンスをやっていました、という若者が働く魅力ある場所が少なすぎる。

欧米の観光客が「癒やされる」広島の穏やかさ

─2016年、広島に本社を構えた際のコメントで「これからは地方の時代だ」と

僕ももう東京が長いが、広島に住むことはとても良い。家賃も含めて基本的な生活コストが安いし、通勤も楽だし。仕事以外のプライベートの時間でも、スキー場に1時間ちょっとで行けるし、教育面での学習環境も整っている。言うことないでしょう。基本的に既に与えられている環境はとても良い。

ドリーム・アーツの広島本社で働く三十数人の中にはIターンの人もいる。うちは基本的に、働きたいところを変えたかったら別の拠点に移れるので、東京から移った人も、沖縄から移った人もいる。一般の企業では異動辞令を受けて転勤となるが、ドリーム・アーツは本人の意向を重視し、高圧的な辞令はない。

大きなプロジェクトでは、キックオフミーティングや合宿をやるが、それを広島でやる。テラスで食事したり飲んだり、そういうコミュニケーションができる設備を街の中心部のオフィスに持つことができる。そんな活用ができる点でも経済合理性が成り立つ。実際、ここは特別なロケーション。原爆ドームも、新しいサッカースタジアム「エディオンピースウイング広島」も見える、特別な風景がある。

広島が欧米の観光客から人気があるのは、二つの世界遺産があるだけでなく、街の雰囲気が落ち着く、癒されるというのがある。川があって路面電車が通っていて、都会ではあるが東京や大阪のように大きすぎることはなく心地いい。「ゆったり」して安らぐ気分になると言う。

従業員の暮らしやすさを起点に、質の高いビジネスを展開するポテンシャルは広島には確実にある。地方都市ならどこでもいいというわけではなく、新幹線で来ることができる広島にはアドバンテージがある。

行政は、誰よりも早く失敗を

─広島の経済界に同じような問題意識を共有できる会社があれば集積にも繋がるのでは

やはり複数のものが作用し合って、大きなパワーになる。そのためにも人とビジネスの集積が必要。足し算じゃなくて掛け算になって、相乗効果を得られるぐらいのその施策の集積があるのか。1+1+1が2.2ぐらいしかならない、少しずつ目減りしている状況が起きているように思う。

相乗効果が出るぐらい、進出例が必要だがまだ足りない。行政は予算執行上、絶対にヒットするかどうかで見てしまうが、フェイルファスト(fail fast)、つまり誰よりも早く失敗することが大事。失敗してそこから学んでいくことを繰り返す。行政にも求められることだ。

経済界の規模があるので歴史的経緯も含めて、その土地柄の価値観とか共通認識が形成されているから広島の企業が変わるのは大変だと思う。だが変わってほしい。そのためには、広島を重要拠点とするドリーム・アーツが繁盛する状態を示すことが、一番効果がある。

10年20年かかる意識変革が2年で進んだ

─広島で採用した社員は、今どんな活躍をしているか

最初の1年ぐらいは東京で勤務する。広島本社には、人材の比重や人数だけではなく、どんな重要な任務を背負った人がいるかが極めて重要。今、ボードメンバーは広島に2人いる。管理系ではこちらが本社だがマーケットフロントはやはり東京。我々のお客さんの70%は東京で広島のお客さんはほとんどいないので、マーケットフロント関係は広島には皆無。

だが、やはり商売を肌で感じる機会が必要。でないと、ただ与えられた仕事をやる働き方にしかならない。我々は創造的な会社なので、能動的に物事を感じ判断し、取り組むことが自律的にできなければ困る。そのためには最初に東京のスケール感に触れることが必要だ。

─そう考えると、やはり広島はハンデなのでは

例えばマーケットフロントが東京にあると言ったが、一部の営業職が広島にもいる。なぜ広島でできるかというと商談が基本オンラインだから。全部録画するだけではなく、吹き出しで文字起こしされ、電子的な付箋を入れられる。そうすると実際の商談の動画が全部教材になる。七つぐらいのクラウドサービスが連携して動いている。現地に行って商談するとこうしたデータは取れない。オンラインでこそできることがあり、広島でもできる。広島本社を作ったのはコロナ前だが、当時よりも今の方が広島で働ける状態ができている。

─広島に本社を構えた後、パンデミックがあったことはとても大きい

コロナ禍によって、10年20年かかる意識変革が2年に圧縮され、社会が働き方変革の必要性を認識できた。最初の頃は、いつまでたってもうまく接続できなかったり、声が出なかったり、それだけで時間が取られる状況だったが、新しい働き方や新しい環境にあった人がちゃんとフィットするような施設整備とかノウハウを組織も獲得した。これは大転換。だから地方にいることのハンディキャップが相当小さくなった。仕事はオンラインでできるが、生活は物理的。このゆったり感は地方でしか得られない。

広島水準との年俸ギャップにエネルギーがある

─ゆったりと暮らしながら、東京のスピード感や意識レベルで働ける

弊社は、今年4月入社の新入社員から広島本社でも初年俸は500万を超える。いい人材がほしいからだが、この水準は広島の他企業とは大きくかけ離れている。那覇オフィスも沖縄の水準とははるかに違う。元々M&Aで吸収合併したが、最大2.8倍も年俸が上がっている。沖縄で沖縄の仕事をしたら沖縄の給料しか出せない。でも、沖縄で「ジャパン」の仕事をしようとすると「ジャパン」標準の給料を出すべきだし、ドリーム・アーツは出せる。広島も一緒。東京よりも賃金水準が低い中で僕らの優位性がある。一方で人数が多かったら良いと言う商売を僕らはしていない。だから厳選して選ぶ。

前述の高い初年俸は、東京ではまあまあだけど広島なら驚愕。だから、このギャップを利用して、優秀な人材を獲得できる。ギャップをうまく利用することが大事で、このギャップにはエネルギーがある。それをプラスに転化できるか、ジリ貧の方向に向かうか。

とくにコロナ禍が追い風となって、我々はこのギャップを活用しやすくなった。だけど、逆に広島発の会社が東京に行くという形でこのギャップを利用するのは難しい。やはり、東京や大阪の企業がもっと広島に来る状況を作ったらいいと思う。本社機能に限らず、開発センターなど。

集まるだけで刺激的な広島ネタ満載のオフィス

─このオフィスにはハーバード大の学生も視察に来たとか

ハーバード大と東大の学生がアジアの未来を考えるキャンプがあって、それで広島へ行くのに場所を貸してほしいと頼まれた。ここはよく場所を貸しているが、それも僕の狙い。サロンのように、広島でも東京でもやっているようないろんな界隈の人が集まり、東京からトップクラスのゲストを呼んで。テラスではバーベキューもできるので飲んで温まったところで、議論を始める。要はここにパワーが集まるようなことをすると、またいろんな人が来る。

─広島県内各地のさまざまな特産品が使われている

オフィスに使われているこの畳は、府中市の備後畳。い草から育てているご夫妻がやっていて、茶室か神社仏閣かにしか出さないもので最初は断られた。でも、オープニングパーティーではご夫妻とも、オフィスに使ってくれてうれしいって泣いて喜んでいた。この和紙は、大竹市の大竹和紙。執務席の椅子には、備後デニムのクッション。という風に広島ネタが満載。

─広島が豊かな土地だとオフィスの中で感じられる。お金も労力もかけた理由や狙いは

ここは単なるオフィスじゃない。大げさに言えば、ドリーム・アーツであり広島の、働く場としてのポテンシャルを体感できる装置。ただ単に会議するだけのオフィスなら、東京からしたら信じられない安さでなんぼでもある。こういうところから生まれてくる発想やアイデアにも期待しているが、ここで集まること自体がいろんな刺激になる。みんなの気持ちが入っているからパワーが出ている。思いが詰まってるから。

「建設的対立」には躊躇するな

─企業バリューの中に「建設的対立」とあるが

創業時は三つだったバリューが、その後増えたり内容を変えたり。最初の三つはもうこの中には入っていなくて、今の形に落ち着いたのは一昨年。「建設的対立」は実は、僕がかつて働いていたインテルのバリュー。非常に大切な価値観だと思い今でも使っている。

仲がいいからこそ建設的な議論がある。共通した高みを目指すからこそ意見の相違があってぶつかり合う。それを躊躇するなと。組織内に一定のストレス・緊張感は必要で、それを積極的に促していく。そうしないと仲が良いだけの方向に行ってしまう。

やはり創造的な集団でありたい。熱い衝突や議論がないところに、いいアイデアが出るわけがない。

─「平和都市」広島では、対立は好まれないし、誰かが突出することも好まれない

もともと広島は、数百年前のたたら製鉄の頃から産業集積地であり、後の海軍工廠にも繋がるが、山間部含めて非常にハイテクであり、インテリジェンスも高い地域。県北の方へ行くと神楽もあって文化的レベルが非常に高い。知的な場所であるのは、そういう歴史があるから。要は、マクロ的に見ないと枝葉末節の施策となってしまう。そろそろ脱皮しなければ。

例えば、子どもの教育を頑張りたい、子どもの幸せを見たい、ってとき、毎朝黄色い旗を持って横断歩道に立つのも大事だけど、根本的にやろうと思ったら、やはり法制度から変えていかなきゃいけない。

フェイルファストでいろんなことをやる街になってほしい。気づいて変革をする。そのための制度とか予算、要は社会資本をどこにどう置いていくかデザインができるのは行政だと思う。

(文・写真 宮崎園子)

ドリーム・アーツ概要
大企業向けクラウド製品の企画・開発・販売および大企業向けシステム開発・コンサルティング事業。1996年12月、東京・新宿にて創業。主力商品は、大企業の業務デジタル化クラウド「SmartDB®(スマートデービー)」など。2023年10月27日、東証グロースに上場(4811)。従業員数は264人(連結、2024年1月現在)。

山本孝昭氏プロフィール
ドリーム・アーツ代表取締役社長。1965年広島市生まれ。88年広島修道大卒業後、アシスト入社。93年インテルジャパン入社。96年ドリーム・アーツ設立。

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